今日は、13時から新横浜でブラジル人の事業主達と、昨年に引き続き5月30日から4日間の横浜国際マリンエンターテーメントショーの「ブラジル村」出展の打ち合わせを行いました。お店を開店の為、戻る時熊谷警察から電話があり、ブラジル人の拘留期限が今日までで、身請け引受人が
いないとの事で、拘留されたブラジル人の携帯電話から小生の電話番号があったので、お願いできないかとの事、喧嘩で拘留された模様で小生は、身柄を引き受けに2時間半かけてでかける事になりました・・・。
もっとも、この手の事件では名古屋まで出かけたこともあるので別に苦にはならんが、うまく日本で生活してほしいと思うのでございます。
この長い乗車時間をなんとかと思いつつひらめいたのが、手に入れた古い本「佐々木美智子」作「新宿発アマゾン行き」を読むことでした。(ほんと読書の時間がなくて)
1979年に佐々木女史がアマゾンに出かけているとなると小生もその年だったんだなと改めて確認できたようで・・・。
たしか、5月か6月ごろだったと思うサンタレンの生田さんの吸血蝙蝠の
法螺話を聞いてから、マナオス行きの船の中で小柄でおかっぱの日本人女性と会った。
女性の一人旅で大変ですね、などとお話したが、あまり話したくないようで、川岸を見つめておりました。
しばらくたって、アマゾントラベルサービスの北島氏から、マナオスに
いついて、バーを始めた女性がいる事を聞き、あーあの人かと思い出した
アマゾンは狭く佐々木女史ともそのとすれ違っていたんだなといまさらながら不思議な思いです。とはいうものの酒にあまりなじまない小生は、その後、彼女には会わずじまい、サンパウロの図書館の話も伝手で・・
まだ、その後お会いしていません。
後日、会いたかった岡村監督とも会ってお聞きしましたが小生のことは
覚えていらしゃらないとの事。
マナオスに上陸時傾斜のきついコンクリートの、まるで日照りのような太陽の複写熱の船着場で、「本当に大丈夫ですか」と最後に声をかけたのを記憶しております。
で、「新宿発アマゾン行き」楽しく重く読ましていただきました。
小生も新宿騒乱ではノンセクトラジカルで走りまわってガチンコやって
おりました。70年安保では、東京造形大の自治会の副委員長をやってまして、バリケードで大学を占拠しとりました・・・。とはいっても頭は空っぽの横浜ヤンキー上がりの正義感だけがとりえでいつも理屈でへこまされておりました。リーゼントしてヘルメットかぶっていた「バカ」は小生です(笑)
佐々木さんと秋田明大氏の話のあたりは、高崎線の電車の中で涙あふれて
きてこまりました。小生とは違う70年の安保闘争だったんだなと本当に
感慨深いものでありました。
小生は本当に単純で・・・・。
横須賀でなんかのデモで女子学生が機動隊の盾で押し込められ、にやついている隊員の腹が立ち、後ろから飛びけり食らわしたらよってたかって
殴られたんでそれからデモに出て機動隊とやるようになりました。
もちろん勉強の少しはいたしましたが、何々的とか何々主義だとかよくわかりませんでした。でも、みんな一生懸命自分探しをしていたように思います。
また、佐々木君との結婚? 彼は確か自衛隊出身だったかな・・。
べレンでうわさで聞きました。マナオスでは、よく彼ととも遊びにいきました。コーラか牛乳で遊べるお店を彼はよく知っていた(笑)
愛しい悪魔のブラジル人男性との生活は、男女を取り違えて、小生は現在でも進行中ですな(笑)
感情むき出しで欲望を表出して生きるアマゾンの気性は、愛すべきものでもあり、うっとうしく憎むべきもでもあります。
「人が生きる」という初源的なひたむきな情熱のみがエネルギーを与えて
くれるんですね。
いつか、佐々木さんと会って見たいと思いました。当時の船旅での貴女の横顔のショット(右写真の一番右)です。
佐々木さん、いつかまたお会いすることができるように・・・・。
