横浜労災病院での私的考察(2)時間 | ガウシャ/ラテン化推進会議

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ブラジル人と日本人が音楽で出合った、そして世界はラテンになってしまった。







目が覚めた。

どのくらい寝ていたのか、点滴の溶液は、容器に1cmぐらい。
40分~50分ぐらいかな、寝ていると時間の経過がわからん、
1日寝てたのか、1週間か、ハハハハ、人は一人で居ると時間が
わからなくなるんだな。

などと、思って時間について考えた。

取り合えず、科学的な時間の存在はおいといて、自分の認識のみ、

いたって形而上学的に、徹底して観念的に・・・。

自分の私的な時の経過を・・・。


おいおい、もし、この世に小生が一人しか居なければ、
時間なんて現在しか無いじゃん。
過去の経緯は記憶としてしかないし、未来は想像でしかない。


それならばと、人を登場させよう。

家族・・。  父、母、妹、ばあちゃん、じいちゃんや、いとこや
おじさん、おばさん・・・。

父の記憶か写真の記憶か? 小学生の低学年の時、アイスキャンデーの棒が、取れてでかいのをそのまま、口にくわえておったのだが、冷たくてくわえ切れず、父さん助けてと・・。っと、父は、手で半分に折ろうとしたが折れず、直接口にキャンデーをくわえ噛み切ってくれた。
そこを、母が写真としてすかさず取ったのだろう、そんな写真がある。

が、いまだに写真を見てから風景としての記憶か?
それとも実際にあった事か? 
しかし、口が冷えて痛くなった記憶もしっかり残っているので
事実なのだろう。
後日、中学生の頃、父とあわや接吻というこの写真は
恥ずかしくて見るのもいやであった。

今ですか?

今は、父の気持ちがよくわかる。(笑)

そうなんだな、自分以外の存在とかかわる事をもって始めて、時の経緯
を記憶しているんだな。

時間とともに、空間も広がっていった。

おじさんは、山梨に住んでいたし、子供の頃は大旅行だった。
自転車を乗れるようになり、町内が自分の領域として広がり、
バイクで三浦半島まで広がっていった。この記憶は、冒険と
興奮と達成感が心地よく残っていた。

過去へ私的な時間旅行は、明治生まれの祖母の話までしか、リアルに
さかのぼれない。
それ以降の歴史はというと、
今在る私、自身の学習であり、想像の粋を出ない。
文字は時間を支配するのかもしれない。

時間を考えていて、知識をあたかも実体験のように話す事の無責任さを
感じてしまった。時、歴史を話すときは、今ある自分の感じている事を
しっかりと探りださなければ、などと反省。

時間って人と人との取り決めなんだといまさら
観念論的な思索を繰り返す、ハハハハ。

なんとも、古典的なそして、観念的な時間論でありました。

おかげで、忘れかけていた親父を思い出した。すっごくうれしかった。