自分探し -過去現在未来- | 不思議、大好き!

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文章はすべてフィクション。ほぼ1話完結。

自分探しなんていうと二十代初期の青年がピースボートに乗って世界中を駆け巡るみたいなニュアンスがある。でも、僕の場合はそうじゃない。

最も広いものは言葉。空海も言ってた。それは宇宙よりも広い。

僕らは宇宙を宇宙と命名することで、宇宙とそれ以外を区切ることができる。ほら、もう無限ですらある宇宙は限定的なものになった。言葉にはそういう限りない拡大包含的な広さがある。

ピースボートで出かけるよりも、自分や自分を取り巻く世界に目を向けた方が、そこに言葉を遣って見いだす方が、遥かに広い世界が存在すると思ってるんだ。


最近考えてることは、過去現在未来のこと。これはデカルト座標のように俯瞰した時に見える一直線上に並ぶものじゃないような気がしてる。

僕らは過去に縛られ、未来に縛られすぎてるような気がしてるんだ。たとえば、過去という通過点があって、未来という到達すべき時点があると考えてる、一般的に、普段。でも、ほんとにそうかな。最近僕が徐々に考え進めてるのは、そうじゃないってことなんだ。

絵で描くと分かりやすいんだけど、ここでは描けないから、言葉で説明するよ。

僕という現在の存在がある。それを球体で考えて欲しい。その球体は海に浮かんでる。膨大な過去という海に半分浮かび、また同時に未来という海上の空間に半分顔を出している。そして、そうした過去や未来は、現在の僕に押し寄せる影響(記憶だったり可能性だったりする)を絶えず与えてる。この影響を喩えると、海の感覚(冷たさや浮力など)や空間(風や空の景色など)だったり。

つまり、何が言いたいかというと、過去や未来は通過点ではなく、テストの平均点(実際に平均点を取ってる人はいないかとても少ない)のようなもので、幻のようなものに近い。ちょうど、平均的な人間が実はいないように。

ここで、いやいや過去は確かに起きた事実で、幻なんかじゃないと君は言うかもしれない。でも、そうじゃない。僕ら人間にとって、事実とは物事のほんの一側面でしかないんだ。大事なことは、その過去に対する印象であり、解釈であり、意味付けなんだ。だから、そんなものは過ぎ去ってしまえば、幻だ。捉え方は無数にある。

大事なのは今現在。それを感じることなんだ。上に描いた図絵のように、過去や未来に縛られない、過去や未来は通過点や到達点ではなく、今現在の僕に影響を与えるものとしてしか意味を為さないということなんだ。このニュートラルな今現在を感じることが大事なんじゃないかと思ってる。重要なのは、押し寄せる過去や未来から、何を今現在の僕に引き寄せるかだと思うんだ。

これが自分探しなのかどうかは分からないけれど、少なくとも今の自分を僕はそう捉えたいと思ってる。