空っぽさ a1 | 不思議、大好き!

不思議、大好き!

文章はすべてフィクション。ほぼ1話完結。

鬱蒼とした森の中を歩く。あてはなかった。安心なことなんか、ひとかけらもないように思えた。

昨日まで雨が降っていた。湿度はとても高く、肌に触れる空気は刺すように冷たい。その刺激が僕の神経を尖らせた。

歩きながら、人のことを想う。あんなに近づいたのに、結局僕らは離れ離れになった。なぜだろう、と氷結されそうな心の中で思う。

尖った神経では、尖った方向にしか進まなかった。やめよう。呟いて、ため息して、くぐもった息で想いを吐き出す。

体が冷えていると思った。指先は凍えていた。脚は棒のように硬直しかけていた。

僕はそこで止まった。背中のリュックからスコップを取り出す。手を息で温めた。

大きく深呼吸して、スコップを強く掴んだ。腰をかがめて、スコップの先を地面に向ける。そこに、ザクッと、一投を投げ込んだ。

右手でしっかりと握り、左手を柄に添えて、力強く地面に差し込む。体を半身にして、腰の回転力も使って、掘り込む力を増していく。僕は地を掘る機械になった。

なるべく力のロスがないように、一掘り一掘りの動きを固定していく。小さな乱れを何度も修正しながら掘り進めていく。僕の全意識は掘るという行為と動きの改善に向けられた。

背中から汗がにじみ出て、Tシャツが濡れてきた。手や腕の毛穴から湯気が立ち上ってきた。呼吸は濃く荒くなってきた。

でも、僕は続ける。ひたすら続ける。やめるわけにはいかない、と続けた。

動きが安定してくると、動作は意識から徐々に離れていき、不随意的な反復運動になってくる。すると、意識にノイズがはしる。人のことを想った。

僕に原因があったのだろうか。それとも外発的な要因がそうしたのだろうか。なぜ、どうして、なにが。

分かっているのは、結果であり、経緯は雲を掴むように不確かだった。残ったのは余韻であり、残像だった。今もありありと残る感触だった。

急にじわっと掌にその感触が蘇った。それを感じたとき、僕は一瞬眉間に深い皺を刻んだ。そしてさらに強くスコップを握り、あらんかぎりの力を入れて掘り進めた。

握力が鈍り始めていた。かがんだ背中がこわばって来ていた。膝が笑い始めていた。

行動体力が底をつき始めた。でも僕はやめなかった。ここが大事なところなのだ。

額から汗があふれて、頬を伝った。手や脚が痙攣していた。喉がカラカラで、乾ききっていた。

もう寒くはなかった。僕の体のどこも凍えてはいなかった。感じるのは疲労だった。

僕はスコップを放り投げた。後ろに倒れ込んだ。無意識に胸が上下して、懸命に息を整えようとしていた。

頭の中はカラッポだった。何も思い浮かばない。こんなことは、とても一瞬間のことなのだけれど、僕はこれを求めていた。

視線の先には、空があった。

突き抜けるような青い奥行きが見えて、僕は微笑んだ。