大切な話 -Fさんと閉じる事- | 不思議、大好き!

不思議、大好き!

文章はすべてフィクション。ほぼ1話完結。

僕はFさんと五反田で会うことになった。その日、Fさんは風邪をこじらせていた。それについて、おれが風邪をこじらせるなんてあんまり無い話なんだけどね、と彼は黒いニット帽に手を当てながら言っていた。

僕らはFさんの事を話すつもりだった。彼も僕もそのつもりでジョナサンに入った。僕はジョナサンじゃなくてもっと落ち着いて話のできる場所を提案したけど、そういうのいいから、おれ昨日もココ来てっから、と遮られた。

ジョナサンでは、タンドリー&メキシカンチキンを頼んだ。僕はジョナサンに行くといつもそれを頼む。でも、その料理の名前はなぜかいつも覚えられないし、今だって当たっているか分からない。

僕はそのことをFさんに話そうとすると、そういうのいいから、と止められた。Fさんはドリンクバーのグラスをいくつもテーブルに並べて僕の近況を尋ねた。僕は紙ナプキンをいじりながら、つっかえつっかえ話すことになった。

そして僕らは5時間近くジョナサンで話し込んだ。途中、ウェイターがドリンクバーのコップを下げに来て、それが不慣れだったので、Fさんは、チッ、と舌打ちをした。ウェイターは気まずそうに、だけど聞こえなかったという風に去っていった。

僕らはとても込み入った話をしていた。内容は、目には見えない、また行為や現象で表せないもので、お互いの共通認識を確かめながら、事実を基に仮定と仮説をひとつひとつ頭の中で組み立てていって結論を探す種類のものだった。この困難さによって話が尽きることはなかったし、実際、あぁもうこんな時間だよ、というFさんの憤りとも失望とも着かない発言によって打ち切らざるを得なかったほど僕らは話し込んだ。

Fさんの話をするはずだったのに、結局Fさんのことはひとつも話さなかった。でも僕にとっては、とても大切な話だった。重要な価値観のひとつが崩壊するような、真に迫るものがあって、事実僕は五反田の駅に戻る間、途方に暮れていた。

小雨が降っていた。空を覆う雲はそれほど悪意のある色ではなかったのだけれど、やむことはなかった。そんな中、僕はゆっくりと閉じていった。

目と耳にフタがされて、呼吸が弱まっていった。外からの刺激を拒絶していた。内に内にと、僕の意識は向けられ、電車の座席にすわりながら僕は閉じこもっていった。

それがいくら大切なものであろうと、大きすぎたり重すぎたりしたら抱えきれなくなる。だから僕のこの反応は変なことではちっともない、と僕は自分に言い聞かせた。むしろこの僕の反応がいかに大切な話であったかを表す良い証拠ではないかとさえ思った。

でも閉じた僕は容易に開こうとしなかった。幾人かの人や陽気な音楽、明るい色彩などが僕を開こうと試みたがすべて失敗に終わった。それは当然だよ、と僕は思った。

だって心の扉には内側にしか取っ手が付いていないもの。開くことが出来るのは僕しかいない。でも、そういうのいいから、とFさんが言うような気がした。

それから家に着いて、僕はソファーに横たわった。こういうときは眠るしかないと僕は思う。僕の意識を出来るだけ排除して、僕のずっと奥の方で調えていくしかないのだ。