・・・しっかりしなさい
「くさなぎ」と言えば、「素子?」と答える、ちょっとミーハーなオタク、ノブオです。
さて、ということで折角だから全裸の話をしましょう。
全裸。
あー、自分等、他人の全裸ってのを毎日イヤと言うほど見ていて、完全に麻痺しています。
なんとも思いません。
例えば男の人が公園で全裸で騒いでいたとしましょう。
「どこの施設の人かな?」
・・・以上です。
日常です。
うむー、あまりよろしくないですね。やはり「おかしい」と思うのが「普通」だと思います。こういう感覚、大事だと思います。
人類が「知恵」を持った時、最初に思ったことは、
「あ、オレ全裸じゃん・・・はずかしいっ」
ということだそうで。・・・・・・この話は結構理にかなっていて、およそ社会だとか文化だとか言うやつは、常に「隠す」ことから始まるのです。
・・・と誰かが言っていたような気がするようなしないような。・・・まあ「隠す」ことで「内」と「外」、「自己」と「他者」が生まれますからね。・・・・・・いや、それらしい事言ってみただけですが。
兎に角まあ、そういう感覚、大事ですよね。大事なんです。大事な事なので二度言います。・・・そういう感覚、大事なんです。・・・あれ、三度目か?
自分もよく利用者さんの着替えの介助を、他の利用者さんが見ている前で、やってたりします。
誰も意識してないんですよ? 脱がしてる方も、脱がされてる方も、それを見ている方も、誰も恥ずかしいとは思ってないんですよ?
・・・でも、ダメですよね。人前で全裸になるってのは、全裸にしちゃうってのは、よくないですよね。
「何でよくないのか」っていう理屈はどーでもいいんです。「普通」じゃないからダメなんです。
いかに「普通」であるか。それは福祉の現場にあって、とてもとても、大事で難しい、しかし真っ先に取り組むべきテーマであるのです。たぶん。
・・・矛盾してるんですけどね。「障害=個性」を認めよう・・・と言いながら、一方で「普通」でいさせてあげたい・・・と。まあバランスの問題だと言ってしまえば、それで済みますが。
まあ個性個性言っても、隠さないのが個性ってわけじゃないしね。当然だけど。まあ隠すとこは隠さないと。
こういうのはシンプルに考えるのが大事ね。きっと「普通」ってやつは、シンプルなところにあるのだから。
むやみに脱いじゃダメ、ぜったい。