なぜ死んじゃいけないのってアンタ
良いとか悪いとか
道徳だとか常識だとか
そういうものは性悪説に基づいて
必要に迫られて生み出された概念であり言葉であり
例えば
仁義礼智信忠孝悌みたいな言葉は
馬鹿な大衆のための道標であって
孔子様ご本人は
そんな言葉がなくったって
何が大切なことか
その都度わかるわけでして
而して
なぜ人を殺しちゃいけないの
なぜ死んではいけないの
という問いに対して
曖昧な
それこそ儒教的な答えしか
一般的には出てこないのは
もともとが
儒教的な縛りだからなんであって
つまりは社会的な問題であって
もっと言えば政治的な問題であって
それを個人レベルで考えたら
そりゃ死ぬも殺すも自由なのだとなっちゃうわけで
故に己と社会との関係式というものを
まだ明確に己の中に持っていない若者に対して
どんな立派な理屈を並べて説明したところで
納得してもらうのは無理な話でして
・・・・・・自分の生き死には自分の自由でしょ
・・・・・・ああそうさ何するのも自由さ
と
しかし・・・
・・・「善悪」や「常識」を疑う君がなぜ「自由」を疑わないのかね!?
と
屁理屈で返したりして・・・
不毛。