I am a small world
世界があまりにも小さく感じて悲しくなる時がある。
世界とは自分の世界である。
テレビに映っている世界は虚像である。
そんなことはわかりきっている。
しかし自分が普段リアルに感じている世界だって、虚像に違いないのだ。
世界は結局のところ目を通してでしか見えないし、耳を通してでしか聴けない。肌を通してでしか感じられないし、思い込まなければ感動できない。要は脳を通った情報が世界となって眼前に広がっているだけなのである。
我々はビデオカメラみたいなもんなのだ。
リアリティというものは、虚像の中で、虚像の一部として溶け込んだときに生まれる感覚である。
そんなことはわかっているし、それをどうこういってもどうしようもないのもわかっている。
しかし思うのである。常に此処とは違う世界・現実が、すぐとなりにあるということを忘れてはならないと。
周囲に耳を傾ければ、誰もが正しいことを言っている。
皆がそれぞれそれなりにがんばって苦労して考えて働いている。
そして語っている。世界はこれこれこういうもので、時代はこれこれこういう状態で、だからこそ今我々はこれこれこういうことをすべきなのだ!
全てが正しい。全ての世界が、時代が、社会が、未来が、間違ってはいない。
問題は、誰もがすぐとなりにある小さな世界に気付けないことである。
・・・・・・まったく、ずいぶんめんどうな人生だ。
十代後半からずっとこんなんだから、こんなことばかり考えているから・・・・・・。
でも・・・・・・だから・・・・・・だからこそ、一歩踏み出す必要のある時、何かを決断せねばならないとき、自分は常に覚悟を決めるための腹を用意することができる。
全てがウソであろうとかまわない!!
・・・覚悟を決めた私は最強だ。何も怖れていないのだから。負けが無いのだから。
決めるまでが、人よりも優柔不断ではあるが。
青年よ、その小さな世界を裏返せ。内包せよ。
・・・・・・引き篭もるのとは違うぞっ。