趣味で能面を打って20余年。

今は近鉄文化サロン阿倍野 



ふたつのカルチャーセンターで教え役をしています能面パパです。
見学、お問い合わせなどはお気軽に各サロンからどうぞ。

ブログの文章は不肖、あるいは負債の娘が書いています。
能面と関係ない駄文が延々と続きます。

“爆誕”と打ったら、すんなり変換できました。

ひょっとして辞書にも載ってるんかな。

昔、井上ひさしさんが“爆睡”って言葉をよく出来てると褒めてはった。
おそらく出どころは30年ほど前の若者言葉で、同じように“与謝野晶子状態”も感心してはったけど、これは定着しなかったな。
ともかく爆誕。
品はないが、意味と勢いは感じる。
で、何が爆誕かというと。
あ、ちなみに“与謝野晶子状態”は“乱れ髪”という意味なんだってよ。

能面パパが今、手がけてるのは男面です。
しかもちゃんとした男だ

なんだ?ちゃんとした男って。

いや、ここのところ神様とか動物が多かったやん。

今回、男でもオッサンとかジジイじゃなくて若い!キレイ!な貴公子です。

イケメン?

そんな浅薄なレベルじゃないから。
イケメンなんて所詮、ここ10年、15年そこらの言葉やん。

この男は軽く800年以上、貴公子してはるからイケメンじゃなくてハンサムという
由緒正しき名称を呈したい。←バカ、無駄に力説。

では、紹介しましょう。
ハンサムさんです。


誰や、コレ

まだまだ途中ですから、そこはご容赦。

能面界のハンサムさん。


出来は前後しますが、お手本と一緒に写したところを載せましょう。


「十六中将」さんです。
「中将」よりおぼこい顔してる。

能面の「中将」といえば、在原業平をモデルにしたと言われ、平安貴族はもちろん、平家の公達が登場する作品に使用される面です。

「融」「清経」、「忠度」、「通盛」も中将を使うし、「小塩」なんてシテがまんま在原業平なんて作品もありますよ。

「十六中将」は、「中将」面のアレンジ版といいますか、中将よりもシテが年若いとか、シテを演じる能楽師さんが『十六でいこう』と決めたときなどに使用されます。

お手本の写真からでも「中将」よりいくぶん表情が柔らかいのが見て取れます。

十六とはすなわち、十六歳。


「十六中将」は平敦盛をモデルにしたと言われています。

平敦盛いうたら平氏の公達の中でも1、2を争う悲劇的な人物。

敦盛は平清盛の甥で、父親は平経盛。

一ノ谷の合戦で源氏方の熊谷直実と一騎打ちとなり、討ち取られる寸前に敦盛のあまりの若さに熊谷が助けようとしたのをスパッと断り、「自分の首を斬って人に見せたらいい」と言い放ったのは「平家物語」の名場面として知られています。

敦盛と熊谷のやり取りは能、歌舞伎、文楽の作品に遷され、「熊谷陣屋」という作品は熊谷は敦盛を助けるのですが、ゆえに熊谷とその妻は悲劇的な結末を強いられるという物語です。

敦盛は笛の名手でもあり、一ノ谷の合戦で討ち取られた後、持っていた笛が由緒正しいものだったので敦盛と分かったとか。





能の「敦盛」は、歌舞伎、文楽に比べると悲劇的要素は少なめかもしれませんね。


あらすじ
一ノ谷の合戦で平敦盛を討った熊谷直実は出家し、
蓮生と名前を変えて敦盛を弔うため旅をしている。
須磨に来たとき、笛の音が聞こえてきました。

笛はこの辺りの草刈りの男のひとりが吹いていましたが、蓮生がなぜ身分低い草刈りがあんな風雅な笛を吹けるのかと尋ねると、男は自分は平敦盛ゆかりの者であり、蓮生に念仏を授けてほしいと頼みました。

蓮生が念仏を唱えてやると草刈りの男は実は自分こそが平敦盛であると告げて、消えてしまいました。

夜、蓮生の前に敦盛の霊が現れます。
敦盛は生前の一ノ谷の戦の無念を蓮生にぶつけようとしますが、蓮生は「念仏を唱えた今、現世の罪業は消える。私たちに過去の因果はもうないのです」と諭します。

蓮生の言葉に深く感じ入った敦盛は、生前の囚われから解き放たれ、蓮生に友情を感じて回向を頼むのでした。

言うなれば
仲直りの物語だね。
生前(出家は現世との別離)はお互い地獄を見たけど、今となっては恩讐の彼方。

敦盛にしたら自分の回向は蓮生しか頼めないってな心境だったろうね。

悲劇のカタルシスとしては良い形の作品だと思います。

今回はここまで。
読んでくださいましてありがとうございます