先日、2回目の通しが行われました。

普段なら唾や罵詈雑言を吐きかけてくる

総合芸術監察委員長の加茂君が、

その日は煙草を吸いながら静かに見ていました。

この事態に演出や役者が内心、

「いけるかもしれへん」

と思ったことは紛れもない事実です。

しかし、それは大馬鹿者のとんだ日帰り坊主3泊4日フェスでした。

通し稽古終了が終わった瞬間、

加茂君の体は椅子から崩れ落ちました。

それはストレスと疲労による発作でした。

大学から救急車で運ばれる中、

加茂君は今回の通しのダメ出しを、うわ言のように呟きました。

「さ、爽やかさがないぞ…」

「じ、自分で笑うな…」

「と、時の流れを…」

「きゃ、客の感情移入などいらぬわ…」

「か、かむなアホンダラ…」

「はしりとは…は」

「うーむ。」

稽古終了まで残り1週間。

志半ばで倒れた加茂の為にも

やれるだけのことはやろうと思います。
一度、蜷川幸雄君とじっくり話してみたいものだ。
公演が近づくと、いつも以上に部屋が汚くなる。
たまに休みがあっても掃除する労力と時間が勿体無い。
あと納豆ビビンバ丼は、ほっともっとに売ってるよ!
B型は人ではない
上下関係は、ふとした時に見えたりします。

私の兄と姉は、私の成績やら進路についてあーだこーだと、口を出しますが、私は一回も出したことはありません。

姉が2つ上の兄の進路について口を出してるのも、見たことはありません。

父は、友だち親子など持っての他と言い切ったことがあります。

子どもは親の奴隷なんだよ、といつの日か、私に言いました。

いまだ縦社会の我が家です。

大林恭代
青年団演出部所属で前田敦子をマエアツと呼ぶ江藤信暁さんの劇団、バンライボウが今日からの様です。
詳しくはWebで


http://banraibou.zouri.jp/
さて「ポニーテールとシュシュ」は、今回の公演のテーマの1つです。
この村は、1109年にヴァイセノーエ修道院の所領として、初めて文献上で言及される。
1188年にシュタウフェン家の所領となった。
シュタウフェン家の最後の末裔であるコッラディーノの処刑後、1268年にバイエルン公ルートヴィヒ2世の手に渡り、さらに1329年にはプファルツ選帝侯領となった。
14年後に皇帝カール4世がプファルツ伯ルプレヒトからこの村と城を購入し、
ボヘミア王国の飛び地として重罪裁判権を有する保護領役所を城内に設けた。
村は1417年にジグムント王により市場の開催権を与えられた。
1503年にはボヘミアのレーエンとして帝国自由都市ニュルンベルクの統治下に入り、
ヒルトポルトシュタインにはニュルンベルクの役所が置かれた。
1806年にこの町は、他のニュルンベルク市支配地域とともに、ライン同盟の取り決めに基づいて新たに創設されたバイエルン王国領となった。
ヒルポルトシュタインは、1808年にペグニッツ郡グレーフェンベルク地方裁判所管区、
1810年にレツァト郡、1817年にオーバーマイン郡にそれぞれ属した。

滑舌。
これは役者たるもの、鍛え続けなくてはならないものでしょう。

今回役者をやらせていただきますが、
残念ながら滑舌には自信がありません。
滑舌を良くしよう、と早口言葉を練習したことがありました。

「赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ」「隣の客はよく柿食う客だ」は余裕を持って言えるようになったのですが、
「竹」系の早口言葉、
例えば「隣の竹やぶに竹立てかけたのは竹立てかけたかったから竹立てかけたのさ」
はまだまだ苦手です。私はどうしても「たけたて」が「たけたけ」になります。
舞台でセリフにつまると一気に舞台の雰囲気をぶち壊しちゃったりするので…本当に恐ろしいです。こう書いていて本当に怖くなってきました…。滑舌、侮れません。
本番まであと少し。ちょっとでも合間を見つけて「外郎売」を口ずさもうと思います。
みなさんは「クローズZERO」という映画を御存知であろうか。

ちょっと賢くない高校生達が喧嘩でてっぺんをとろうとする

ちょうあちいはなしである。

あれを見てから私達は目が合った人間に喧嘩を挑むようになった。

最近では誰も目を合わせようとしなくなった。…ふ。

次に私達が挑むのは、あなたかも知れない……

とっくにご存じなんだろう…?

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