秩父を歩く③
10月1日(土)14:02 札所十二番 仏道山 野坂寺(ぶつどうざんのさかじ)桜並木の参道をぬけると山門が見えてきます二層の楼門造りの山門表には閻魔大王、中には風神雷神雨神等の木像が並んでいます十牛観音本堂境内は広く綺麗にされてて、桃・ツツジ・藤・紫陽花・蓮等四季折々に楽しむことができるようです毎年、8月16日の夜には境内に灯篭供養搭が組み立てられて、1200個の灯篭が高さ16mに積み上げられます。灯がともって精霊送りが夜半まで続けられるという盆送りが有名です。【御詠歌】老いの身に苦しきものは野坂寺 いま思い知れ 後の世の道14:30 札所十三番 旗下山 慈眼寺( きかざんじげんじ)目の守り本尊としており「め」のお寺として有名「め」と書かれた絵馬が奉納されていました本堂7月8日のあめ薬師と呼ばれる縁日は、境内に飴を売る露店が並んで白いぶっかき飴を食べると、眼病平癒、無病息災の御利益があるといわれています薬師堂の隣にある経蔵には「十三権者像」 が祀られており一切経が奉納されています経典は輪蔵という押すと心柱を中心にして回転する六角形の棚に入っており、右回りに3回転させると全巻を読んだと同じ功徳を得る事ができるといわれています【御詠歌】御手に持つ蓮のははき残りなく 浮世の塵をはけの下寺おやSLの音がするお寺の横をSLが通り過ぎて行った秩父鉄道のSLですね残念ながら気づくのが遅かったので撮影できませんでした御神木のある今宮神社を通り越してすぐの所にあるのが・・・14:50 札所十四番 長岳山 今宮坊(ちょうがくさん いまみやぼう)かつては修験道の本山で有名な聖護院の直末寺でした武田軍に焼かれてしまって「信玄焼」といわれ、今でもその文献や口碑が各所に残っています。その後建てられたのが、今の観音堂です。来世の幸せを願う石の後生車観音堂の手前にあるのは秩父札所唯一の輪廻塔お経が刻まれた円盤を廻すと生者は最高の幸せが約束され、亡者は地獄から天国に生まれ変わるといわれています。【御詠歌】昔より立つとも知らぬ今宮に 参る心は浄土なるらんちょっと見落としてしまうと通り過ぎてしまいますこの先に進むと・・・15:24 札所十六番 無量山 西光寺(むりょうざん さいこうじ)昔、円比丘という僧がいた。ある夜、月を眺めていると老婆が現れて「観音様を導くからどうか私の菩提を弔ってほしい」と言って姿を消した。円比丘がさっそく霊を供養すると、約束どおり観音像を授かり御堂を造って納めた。それが、西光寺千手観世音様だといわれています。山門をくぐると正面に宝永7年(1710年)に建てられた本堂右手には四国八十八ヶ所霊場の本尊模刻が並ぶ回廊堂が建っています回廊堂の手前にある小さなお堂は札堂かつては巡礼する人達が木製の納札を釘で打ちつけたそうで柱には釘や釘の跡が数多く残っています。札所めぐりの「打つ」という表現は、ここから由来しています。秩父札所で札堂が現存しているのは、このお寺だけです。山門の枝垂桜も満開時を迎える頃の4月10日は、金毘羅様の縁日が行われ賑わうそうです。【御詠歌】西光寺誓いを人に尋ぬれば ついの住家は西とこそ聞け次の札所へ行く途中・・・趣のある古い家が建ち並んでいました風情がありいいですね(*^▽^*)秩父鉄道の踏切を渡ると・・・15:48 札所十五番 母巣山 少林寺(ははそざん しょうりんじ)白漆喰塗りの洋風の本堂明治11年(1878年)の秩父大火で焼失した教訓を活かして再建されました本堂の右手に秩父事件で殉職した二人の警官の墓と当時の内務大臣の山形有朋の碑があります。【御詠歌】みどり子の母巣の森の蔵福寺 ちちもろともにちかひもらすな山沿いの道を登っていくと・・・16:00 札所十一番 南石山 常楽寺(なんせきさん じょうらくじ)開基とされる門海上人が病に倒れて薬を服すも効果なくもうだめかと思っていた時、枕元に金剛神が現れ、上人の手を取って体を起こすと「仁王門建立には自らも助力いたさん」と言った。すると翌日には上人の病が癒えて、やがて仁王門が完成したという。金剛神は金剛力士でもあり、仁王尊のことお地蔵様もにっこりと(*^▽^*)病気平癒、長寿祈願の本尊として信仰され健康を祈願する人々で賑わっています【御詠歌】つみとがも消えよと祈る坂ごおり 朝日はささで夕日かがやく境内からは秩父市市街をはじめ、はるか彼方の山並みまでも一望することができるらしい・・・(この日はお天気が悪く見えず)御詠歌のごとく秩父連山に沈む夕日はすばらしいらしい・・・もうそろそろ日がくれようとしている札所巡りはここまで ( ´(ェ)`)