5月4日 朝8時半 大原の宿をチェックアウト
8:50 乙が森
大蛇の伝説が伝わっています
木々の中にひっそりと
龍王大明神の石碑が建っています
「おつう」と言う女性が、大原川に身を投げ、
大蛇となった悲しい伝説
お天気もよく気持ちいい
桜井の径
川沿いに桜の木も植えられ
綺麗に整備された道です
桜井の径をまっすぐ行くと
先に見えるのが里の駅
ここで飲み物やお昼のお弁当を買いましょ
地元の新鮮野菜やお米、お弁当、御菓子などが売られていました
お寿司、パン、大福などを購入
山歩きの準備OK
比叡山へと向かいます
急な坂道
エイコラ、ドッコイショ
どんどん、山の中へ入っている
9:45 水井山登山口
あれ?
赤いロープが・・・
でもそのロープがどかされている感じ
あ〜
通行禁止って・・・
でもロープが外されている
どうなっているんだ!!!
そこに書かれていた電話番号にかけてみた
「留守番でひとりにいるのでわかりません」という
私はそのまま進んでも大丈夫では?と思ったが
夫は危ないからやめておこうという
下の地図では迂回してねって
違う道の案内がされていた
仕方なく別の道へと向かう
参った、参った
迂回路はこちらという看板
田植え前の風景
山々が綺麗です
10:00
山へ入る入口あたりに惟喬親王墓がありました
本当にひっそりとありました
文徳天皇の第1皇子で「悲運の皇子」といわれています
惟喬親王は承和11(844)年、
文徳天皇の第1皇子として誕生
しかし、文徳天皇と藤原良房の娘の間に生まれた
異母弟の第4皇子、惟仁親王(後の清 和天皇)が、
強大な勢力を誇っていた藤原家の後ろ盾を得て即位します
惟喬親王は20代で出家を余儀なくされ、
この比叡山の麓に広がる小野宮に隠棲。
寛平 9(897)年に、54歳で死去したと伝えられています
薄暗い杉林を通り抜け、山の中へ入っていきます
10:05 獣除けの柵があり
二つあるのでどちらの道へ行ったらよいか迷います
私たちは左側の柵を通り抜けました
本格的な山登りとなりました
エイコラ、ドッコイショ
キツイ ふぅ〜
11:00 なんか登りきったぞぉ〜という感じ
道があるようなないような所の
ここから登ってきた
ふと横を見るとロープが張ってある
迂回せず水井山登山口を通ってきたらここに辿り着くようだ
やっぱり通れなかったんですね
遠回りしてキツイ道だけど迂回してよかった
先に見えるのは峠っぽい
11:15 仰木峠
ちょっと早めのお昼にしました
パンとお寿司を分けていただく
美味しかったです
どっちの道?
標識を確認
横川中堂へ行くので
まっすぐです
急な階段を登る
登っても登っても階段が続く
なんか車が走る音がする
桜が綺麗だ
ちょっと広くなっている休憩所
東海自然歩道の案内で現在地を確認
目の前は奥比叡ドライブウェイ
もみじの道という看板あり
道路を渡らず、右手にあるトンネルをくぐります
そしてまた長い階段
空を見上げると
青い空に赤いモミジと青いモミジ
綺麗です
12:30 階段を登りきって左の道へ
ちょっと登って下っていく
石仏が並んでいる
どんどん下りていくと竜ヶ池に出る
目の前が横川中堂
12:40 横川中堂に到着
石段の登っていく
遣唐使船をモデルにしたという横川中堂
鮮やかな朱色
広い境内を歩きます
鐘楼
鐘をつく夫
いい音が響き渡る
元三大師堂の山門
現代のおみくじの形は、元三慈恵大師良源が考え出したと言われており
おみくじの発祥の地となっています
慈恵大師(良源)(元三大師)の住居跡と伝えられる元三大師堂
村上天皇の勅命によって四季に法華経が論義されたことから
四季講堂とも呼ばれています。
元三大師道を歩く
一周して横川中堂に戻りました
急ぎ足で30分ほどで回った
13:18 元来た道を戻り再びこの標識前に
まっすぐと横川駐車場へと向かう
横川駐車場前のこの石段を登る
東海自然歩道を歩く
まだまだ山歩きが続きます
いよいよ比叡山の西塔、東塔へと向かいます
つづく

























































