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やっちゃ場

江戸時代、「やっちゃば」と呼ばれていた
青果物問屋街が続いていた千住河原町


自家製の野菜や川で獲れた魚などを
道端で販売したのが始まりといわれています

天成4年(1576年)頃から賑わいをみせていて
文禄3年(1594年)には千住大橋が架けられ、
交通の便もよくなり荷の扱いも増え
享保年間(1720年)には、神田・駒込とともに
江戸の三市場の一つ、幕府御用市場となりました



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空襲でほとんどの建物が焼けてしまいましたが
当時の面影を復刻した
木の看板があちらこちらに展示されています

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芸術家や文化人も沢山住んでいたようですね


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通りには昭和初期の頃の配置図や写真が飾られ
歴史を学ぶことができます


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千住宿歴史プチテラス

江戸時代から続く地漉き紙問屋横山家の
1830年(天保元年)3月に建築された内蔵を移築したものです。

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地元の「千住プチテラス維持会」の方々によって管理され、
ミニ展示会などに使われています。

ボランティアガイドのおじさんが
建物の説明をしてくれました



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芭蕉の句碑が門の前にあります

「鮎の子の しら魚送る 別哉」



千住には芭蕉の句碑がいくつかあるそうで
多くの芭蕉ファンにはその句碑を訪ねて歩くのが人気のようです


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