スケジュール的体調的気分的に先延ばしまくってたリハビリをやっとスタートさせることになりましたですこんばんは
まぁ「これがリハビリか?」ってコースで距離7km・標高差270m程度っていうおさんぽに毛が生えたレベルですけど一発目なのでね
なにせ昨年7月末の篭ノ登山以来だし年末に三窪高原で自爆したのもあってまずはお手頃な物件から手を付けてこれから地道にやってこうと思っております
1月末の土曜日に駿河国某所で1泊仕事があって翌日はお休みだったのに諸々事情で車で行けずおとなしく新幹線往復して日曜日の9時前に帰宅って
このままグダると1日が終わるしかと言ってこの時はまだ左足首に不安があって結局「鉄とおさんぽにするか…」となって9時半に出発
中央道に入ると案内板情報と違って上野原ICの先から左右ルート合流地点までずっと渋滞してやがって大月駅裏のパーキングに着けたのが11時15分
そんなこんなで今回は富士山麓電気鉄道なのです
分社化されたの忘れてましたが案内上は『富士急行線』のままらしく30年前に仕事絡みで富士急ハイランド駅まで片道乗って以来で全線乗ったのは中学生の頃
この日購入したのは『富士急特急フリーきっぷ』(¥2,600)で2日間全線乗り降り自由&特急自由席にも乗車可で今回は6時間半程度でしたけど
それでも大月駅〜河口湖駅間は片道¥1,170するしこのお値段はお得
駅に入ると臨時の各駅停車が先行するそうですが各停はこの先何度も乗るだろうからここは8500系「富士山ビュー特急1号」を選択
この車輛は元JR東海371系でその時代も含め初乗車になりましてこのカラーはかなり好みですけどさすがに30年選手感は隠せないですね
がたんごとん…🚃
最高速度は70km/hだしカーブ多いし勾配キツいし飛ばす区間はほとんどなく逆にゆったり乗り心地を楽しめてこれはこれでよろしいな
一時期は運転を休止してましたがこの日は8割くらいの乗車率でそのうち海外の方が7割くらいかしら(当社調べ
途中下吉田駅以外ではあまり乗降なく大月駅から50分で河口湖駅に着いてみると観光客で駅構内も駅前も大賑わい
そこから離れて周辺をブラブラすると留置線には6000系やJR東日本E353系や部品調達用なのか京葉線時代のままな205系もお休み中
「前に来た時は165系やスカ色115系だったのにな…」て思い出に浸って「富士山ビュー特急4号」を見送ったら次の各停で富士山駅に移動
スイッチバック式のこの駅の個人的象徴は遠くからでも目立つ『富士急ターミナルビル』でオープンからもうすぐ50年らしくビックリ
んで2011年に駅名を『富士吉田』から『富士山』に改称したけど旧駅名の印象が強く残ってて新駅名はいまだ馴染めず
お次は元小田急20000系RSEの生まれ変わり8000系「フジサン特急14号」に5分だけ乗って下吉田駅で下車して
ここには『下吉田ブルートレインテラス』なる施設があってスハネフ14形に1200系に2000系に自社発注車5000系に貨車に169系前頭部まで展示中
5000系は車内にも入れてン十年ぶりの座り心地を味わえました
ところで下吉田駅は利用客がめっちゃ多くなってて皆さんのお目当ては富士山+朱塗り五重塔(戦没者慰霊塔)+桜がウリの『新倉山浅間公園』
今では海外観光客が大挙して訪れる地になってますが25年くらい前に行った時は地元民の憩いの場って感じでしたね
次の各停で今度は三つ峠駅に降りるとかつては国鉄からの急行やJR化後の快速が停ったのに今では各停のみで若干寂しいな
それでもここから三ッ峠山に向かう方は多いみたいなのでいつか登ってみるか
(前に北口登山道で三ッ峠山に登ってエラい目に遭ったし
三つ峠駅から寿駅まで線路沿いをのんびり歩いてみたのに肝心の富士山が雲隠れしたままですれ違った老夫婦さんに慰められたり
それでもE353系8500系6000系に出会えたりとなかなか満足なおさんぽが出来て寿駅から禾生駅までは乗客いっぱいでまさかの立席乗車
禾生駅では「桂川からリニア実験線をバックに撮れたりするかしら?」でしたけど暗くなってきてたし河原に降りれそうな場所も見当たらず断念
禾生駅に戻ろうかと思ったもののそのまま田野倉駅までR139を歩いてみたら距離はたいしたことなかったのに途中1km弱は歩行者スペースがなくて
交通量もスピードもそこそこだから路肩歩くのさすがに怖かったです
(他の道を歩けってことですよねすみませんあとライトは早めに点けましょね
もう夜風情だった田野倉駅に着いてまあまあお疲れ&身体が冷えたのでやって来た上り電車に乗って18時過ぎには大月駅に戻っちゃいました
オツカレチャ━━━━( ´∀`)━━━━ン!!!!
それでもなんやかんやと乗り降りして計12kmくらい歩いて左足首も特に問題なかったしそろそろ動き出しても平気かな
って思いつつ車を走らせて中央道は恒例の渋滞中だったからR139〜奥多摩湖〜青梅街道っていう代わり映えしないコースで21時過ぎに帰宅
前に乗った時はまだローカル私鉄臭があったのに随分と様変わりしててそりゃ昭和や平成初期と令和じゃかなり違うか
車両も4扉ロング車が基本になって中央線快速E233系が東京駅から定期で乗り入れてくるんだからある意味すごい
そして海外観光客がとても多くて『フジヤマ』の偉大さとは言えこれもすごい
日曜夕方の上り各停で立つハメになるとは思ってませんでしたが利用者が増えてるってことだろうしそれはそれ
今後も山梨県下唯一の私鉄として末長く生き残っていただきたいですわ
(おしまい)
あの205系が寒冷地の40‰急勾配を走る姿はきっと製造側も205系本人も想定外のはず