いくら夏だからって、限度というものがあると思う。
「あっつい・・・・死ぬ・・・帰りたい・・・・・」
夏休みも明けた9月だというのにこの暑さは、インドア系少女の私、こと小鳥遊渚紗(たかなしなぎさ)にとっては地獄でしかない。
本音を言うと今日もクーラーの効いた家でゴロゴロする予定だったのだけど、昨日担任(29歳♀独身)から「明日来ないと殴り込みに行くからな」という愛の溢れるメッセージ(電話)を受け取っていた。
「生徒の家に殴り込むって・・・だから独身なんだよ円ちゃんは・・・・」
と、つい本音を漏らしたら電話の向こうで盛大に舌打ちされた。
そんなわけで私は今登校中なわけだけど・・・。
「・・・もう10時じゃん・・・遅刻じゃん」
完全に遅刻していた。
夏休み中に昼夜逆転生活を送っていたのが災いしたのかも知れない。
うだうだ1人で愚痴を溢している間に、私は目的地である私立天ノ宮(あまのみや)学園高校に到着していた。
進学校であるこの高校に小学校時代から「逆にすごいわ!!逆にね!!!」などとわけのわからないフォローをされまくっていた程頭の出来が残念な私が入学出来たのは奇跡としか言いようがない。
高等部の玄関に歩いていき、下駄箱で靴を履き替える。
約1ヶ月ぶりにこの学校へ来たけど、全く嬉しいとかそんな感情はなかった。
むしろ私の気分はひたすらに憂鬱で、出来る事ならこのまま回れ右をして帰りたい。
しかし、そんな私の淡い願いを邪魔するかのように目の前で仁王立ちをしている女が1人。
「随分と重役出勤だなあ小鳥遊・・・?」
鬼束円(おにつかまどか)、29歳♀独身。
「黙っていれば美人。そう黙っていれば」というキャッチコピーを持つ、私の天敵にして担任の教師である。
「・・・ずっと立ってたの?もしかして」
「そんなわけあるか。職員室からやる気のなさ100%のオーラを纏わせたお前が登校してくるのが見えたんでな」
「・・・・あっそう」
はー、と新学期早々かなり重苦しい溜め息を吐きながら横を通り過ぎようとした私の肩を、円ちゃん(私はそう呼んでいる)はにっこり笑顔でがっちり掴んだ。
「おい小鳥遊。お前まさか何も言われないで済むとか思ってないよな?これだけ盛大に遅刻しておいて」
そんな円ちゃんに、私はにっこり微笑みつつさりげなく肩を掴んでいる手を振り払いながら、
「・・・・・・逃げるが勝ちっ!!!!!」
「逃がすか小鳥遊ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
私の新学期は、こうして幕を開けたのだった───。
*
「───それで結局捕まって説教食らってたのか」
「うん・・・しかもあの女途中から全然関係ない愚痴まで言い始めて・・・くそう」
やっとの思いで円ちゃんの魔の手から逃れる事に成功した私は、クラスメイトであり幼馴染みでもある桐谷澪汰(きりたにれいた)と話をしていた。
「まあ、仕方ねえんじゃねえの?円ちゃん、渚紗の事気に入ってるっぽいしな」
「全然嬉しくないよ・・・・」
「今朝だって「小鳥遊はまだか・・・」とか言ってうずうずしてたぞ」
幼馴染みの発言に私がガチな方でドン引きしていると、
「お、もう昼か」
12時を告げるチャイムが鳴り、教室も廊下も騒がしくなってきた。
天ノ宮学園高校は食堂で食券を買って昼食を食べるシステムになっているため、澪汰達クラスメイトも食堂に移動を始める。
当然私も例外ではないわけなんだけど、
「・・・・・・20円しか入ってない・・・」
夏だと言うのに私の財布は猛吹雪だった。
「はあ・・・・・・・」
こんなんじゃ学食で一番安い「舌殺し!!激辛担々麺」(50円)すら買えやしない。
材料が麺とスープと唐辛子しかなく、余りの辛さに誰も頼まないためにどんどん安くなっていった代物である(ちなみに私の大好物)。
澪汰にお金を借りようか・・・なんて考えたりもするけど既に澪汰からはお金を借りまくっていて、これ以上借りたらタカリ扱いされそうだ、というのが現状だ。
他に特別仲の良い人もいないし、昼食は諦めざるを得なかった。
する事がなくなった私は、お気に入りの場所である屋上に行く事にした。
「・・・やっぱり、ここが一番落ち着くかな」
天ノ宮学園高校は海岸沿いに作られているため、潮風が心地良い。
「───────♪」
柵に背中を預ける形で座って目を閉じていた私は、いつの間にか「歌」を口ずさんでいた。
勉強も出来ない、運動も出来ない、習い事をしてみてもすぐに飽きてしまうような私だけど、「歌」は大好きだった。
数年前に死んだ母が音楽好きだったというのもあって、私も音楽は大好きだったし、飽き性の私でも音楽だけは飽きなかった。
今口ずさんでいるのは私が小さい頃に母がよく歌ってくれた「歌」。
「─────…♪」
歌い終わって目を開けると何故か、私の2つの瞳からは涙が溢れだしていた。
「うぅ・・・お母さん・・・・・・」
優しくて、笑顔が可愛くて、「歌」が上手くて、なんでも出来た母。
そんな母の存在は、死んでしまった後も私に重くのしかかっている。
もし母が生きていたら、今の私を見て何を思うんだろう。
また笑いかけてくれるのかな、それとも・・・。
ぐしぐしと制服の袖で涙を拭うと、私の目の前に一匹の猫がちょこんと座っているのがわかった。
「・・・・・・猫?」
鼻声でそう呟くと、その猫は私が泣き止むのを待っていたかのように口を開けた。
あくびでもするのかな、という私の予想は、斜め上をいくどころじゃないレベルで裏切られた。
「いい「歌」だね、その「歌」」
「・・・・・・・・はい?」
猫が、喋ったのだ。
「ん?ああ、確かに猫が喋ってたらおかしいけど、僕はこういう猫だから気にしないでね」
「は、はあ・・・・・」
女の子のような高いソプラノの声は確かに猫から発せられている。
「んー・・・やっぱり猫が喋るのは不自然だよねえ・・・。じゃあ、こうしよう!」
よっ、という声と共に猫がジャンプすると、
「なっ・・・・!?」
「よいしょっと。これで大丈夫かな?」
ぽんっ!というコミカルな音と一緒に、猫だったはずの猫は可愛らしい女の子になっていた。
余りのファンタジーな出来事に私が唖然としていると、女の子(?)は何を感じ取ったのか、こう言った。
「そういえば自己紹介がまだだったね!僕はカグラ!よろしくね、渚紗!」
「あ、うん、よろしく・・・・?」
突っ込みどころ満載のカグラだけど、私の頭はこんなハイレベルなボケに付いていける程優れてはいない。
状況を把握出来ないまま、差し出されたカグラの手を握り返す。
もちろん、肉球なんてものはついているはずもなかった。
────続く────
第1話です。
こんな感じで小ボケを挟みつつ、進めていきたいと思います。
では、今回はこれで!