一生を何に費やすかについて、一方は逃亡に、その代わりに相手は捜索に、とそれぞれが決めた話だと思う。
ところで、「逃げる」とは受け身か? と考えると、嫌な者や物から離れる、避けることこそが能動的だとも言えると思う。嫌なのにそこに留まることが受け身なのだとすると、逃亡は取るべき選択肢と言えるのではと思う。
通常、先を行く方が難しいはずである。後を追うのは、すでに先人が通っただろうことをなぞるのだから、検討もつけやすいと思われる。
つまり「逃亡」できること自体がすばらしい人生であった、と思える話だった。