友達の部屋を出て、エレベーターに向かう。

先ほどの地震の余韻が、体のどこかに残っており、
足元がかすかに揺れているような気がする。
かなり大きな地震だった。友達の本棚の本がたくさん落ちてきたのだ。


上の階に行っていたエレベーターは、すぐに来た。
ドアが開いて乗り込む。


中に入ったとたん、ぼくは息を止めた。
恐竜たちが乗っていた。

6匹の恐竜。みんなグレーのスーツを着ている。
どういうわけか、恐竜たちは、ながい尻尾に赤や青のリボンを結んでいた。

「わっ!」
叫ぶと、12のぎょろりとした目がこちらへ注がれる。
恐竜といっても、それほど大きくない。男性の大人と同じぐらい。
ちょうどティラノサウルスが、人間の大きさに縮小した感じだ。


ぼくの体は小刻みに震えていた。
歯がカスタネットのようにガチガチと鳴る。
無意識のうちに後ずさりして、自分と恐竜たちの間の空間を広げた。
それを見ていた恐竜たちは、いっせいににやりと笑った。
鋭い乱杭歯がむき出しになる。


ぼくの思考はものすごいスピードで回転していて―――。
先ほどの地震で、パラレルワールドの地球に来てしまった。
そこは人のかわりに恐竜が進化していって―――。
当然恐竜たちは凶暴で、肉食で―――。
そんなことを考えていた。(ぼくはSFを読んだり、SF映画を見るのが好きだ)


突然エレベーターが止まった。
明かりも消える。


まったくの暗闇。心臓がどくどくと脈打ち、口の中から飛び出してくるような気がする。

気のせいだろうか、首筋のあたり、かすかな息遣いのようなものを感じる―――。

緊張の糸が切れ、ぼくは泣き出していた。
わーん、わーん、わーんと大きな声が響く。


闇の中から、甲高いキーキー声が聞こえた。
ぼくを食べる順番でも決めているのだろうか―――。


かすかに、本当にかすかに、恐竜の頭の輪郭が、闇の中に浮かび上がった。
とうとう食べられたしまうのだ。
体がこわばる。


しばらくして―――。
意外なことが起きた。
恐竜がぼくをハグしているのだ。

まるでぼくをあやすように、小さく舌を鳴らしている。
恐竜は日なたくさい匂いがした。


ぼくはほっとして、自分の両手も恐竜の体にまわした。
思わず力が入ったので、恐竜が
「グワッ」と小さく叫んだ―――。


長い時間が過ぎた―――。
過ぎたのだと思う。
エレベーターのドアが開く音がして、我に返った。
振り返ると、恐竜たちは消えていた。


そのまま家に帰り、冷蔵庫を開け、ありあわせのもので、パスタを作った。
食べながら、テレビをつけると、テロのニュースが報じられていた。
「イギリスで」「地下鉄」「死傷者多数」
そんな言葉が耳に飛び込んでくる。
ほっとしたせいで空腹感が押し寄せ、夢中で食べた。
食べながら、どういうわけか恐竜の日なたくさい匂いを思い出していた。