霧の夜に外出するのは危険だ。
物の輪郭があいまいになり、とんでもないことが起こるからだ。
骸骨のブラスバンドが、道を歩いていたりする。

この前、仕事で遅くなり、運悪く、霧の夜道を歩いた。
濃い霧。近くの街灯が、滲んで見える。
手で触れれば、綿菓子のような質感を感じられそうな霧が、見慣れた街を覆っていた。


家の近くまで来たとき、遠くのほうから音が聞こえた。
キーコ、キーコといささか不気味な音。
ぼくは足を止め、耳をすませた。


キーコ、キーコ、キーコ---。確かに聞こえる。
背筋がぞくぞくし、走り出したかったが、まるで体は金縛りにあったように動かない。
鉄のパイプのようなものが、霧の中から姿をあらわした。
四つの鉄のパイプが、こちらへ歩いて来る―――


それはぶらんこだった。
パイプに見えたのは、ぶらんこの柱。音を出していたのは、ぶらんこの鎖だった。
歩くぶらんこは、ぼくの前で止まった。
誘うように、キーコ、キーコと揺れる。
ふらふらとぼくは、ぶらんこにすわった。

ゆっくりとこぎ始める。
こいでいるうちに、頭の中が空っぽになり―――
ふと気がつくと、ぼくは小さな男の子になっていた。
そして空は、雲ひとつない澄み切った青空へ変わっている。
体の中から、力が湧き出してきて、ぼくは思いっきりぶらんこをこいだ。
思いっきり、思いっきり、満身の力をこめ、
青空へ届くように―――


車のクラクションの音で、我に返る。
ぼくは、道路の真ん中にしりもちをついていた。慌てて起き上がる。
疲れたせいで、道路に倒れこみ、夢でも見たのだろうか?
でも、歩き出すと、ぼくは体がふんわりと軽くなっているのに気づいた。
すこし遠くのほうから、あのギーコ、ギーコという音が聞こえる。
あのぶらんこは、旅に出たのだと思った。

どこかで、あなたがあのぶらんこに出会ったら、のってみてください。
ほんの少し、癒されるかもしれません。