待合室の椅子に白熊がぽつんとすわっていた。
二メートルほどの大きな体。白いふさふさした毛。つやつや黒い鼻面。黒い目をしょぼしょぼさせている。
時刻は23時。ここはJRの小さな駅の待合室だ。
「いつ学校に行くんだ」と父。
「もう行かない」とぼく。
「そんなことでどうする」と父。
「どうもしない」とぼく。
「ふざけるな」と父。
「うるさい」とぼく。
「出て行く」叫びながら、泣き叫ぶ母を突き飛ばして、家を飛び出し、ここへ直行した。定期を使って電車に乗り、街へ出るつもりだった。行く当てはない。所持金は1800円ほど。
ふらふらと白熊に近づいた。まるで見えない手が背中を押しているみたいだ。隣にすわった。
「ウオーン」白熊がほえた。いやほえるというより、かぼそい悲鳴。よく見ると熊の体は小刻みにふるえていた。
「場違いなんだよ、おまえ」ぼくはそう言ってみた。熊の小さな丸い目がぼくを見つめる。ぼくはふと熊の手を握った。かすかに湿ったあたたかな手。心地よくて、ぎゅっと握った。次第に熊のふるえが止まった。ぼくはずっと握り続けた。場違いなもの同士がすわっていられる場所は、夜11時の小さなJRの駅しかないような気がした。
二メートルほどの大きな体。白いふさふさした毛。つやつや黒い鼻面。黒い目をしょぼしょぼさせている。
時刻は23時。ここはJRの小さな駅の待合室だ。
「いつ学校に行くんだ」と父。
「もう行かない」とぼく。
「そんなことでどうする」と父。
「どうもしない」とぼく。
「ふざけるな」と父。
「うるさい」とぼく。
「出て行く」叫びながら、泣き叫ぶ母を突き飛ばして、家を飛び出し、ここへ直行した。定期を使って電車に乗り、街へ出るつもりだった。行く当てはない。所持金は1800円ほど。
ふらふらと白熊に近づいた。まるで見えない手が背中を押しているみたいだ。隣にすわった。
「ウオーン」白熊がほえた。いやほえるというより、かぼそい悲鳴。よく見ると熊の体は小刻みにふるえていた。
「場違いなんだよ、おまえ」ぼくはそう言ってみた。熊の小さな丸い目がぼくを見つめる。ぼくはふと熊の手を握った。かすかに湿ったあたたかな手。心地よくて、ぎゅっと握った。次第に熊のふるえが止まった。ぼくはずっと握り続けた。場違いなもの同士がすわっていられる場所は、夜11時の小さなJRの駅しかないような気がした。