家を出ると、遠くの方からせみのなきごえが聞こえた。
「おしまいだ、おしまいだ、おしまいだ」
しょうたには、そういっているように聞こえる。今日は8月31
日。夏休みも今日でおしまいだ。
 いつものように暑かった。少し歩くだけで、体じゅうからあせ
が出てくる。青い空に大きな入道雲がうかんでいた。
「ただしくんに、宿題を教えてもらう」、とお母さんにはいっ
た。ただしは教えてくれるかもしれない。でも、間に合わない
のだ。しょうたは、宿題を少しかしていなかった。夏休みの日
記も、7月の終わりから書いていない。
「宿題はちゃんとやっているの?」お母さんに聞かれたときに
「うん」と言ったり、少しやった分を見せていた。はたらい
ていて、いそがしいので、しょうたのお母さんは、勉強のこと
はうるさく言わない。もちろん、お父さんもはたらいていて、
お父さんはお母さんよりも、何も言わない。
 わあわあ言いながら、小さな子供が二人こちらに走ってくる。
二人ともまっくろにやけていた。すれちがった二人を見て、「
はあ‐‐‐」しょうたはため息ついた。二人とも幼稚園生だろ
う。幼稚園生がうらやましい。小学校みたいにたくさんの宿題
がないから。
 小学校もきょねんまでは楽しかった。でも4年生
になってから、きゅうに勉強がむずかしくなった。とくに算数
のわり算とか---。「はあ‐‐‐」ため息をつきながら、しょ
うたは歩いた。ただしの家に行って見るつもりだった。ただし
だって宿題をしていないかもしれない---そうしたら、なかま
ができる。
 ただしの家は、しょうたの家から歩いて15分ぐらいのところに
ある。いつもすぐつくのに、今日はとおくかんじる。ふとった
三毛のねこがとめてある車のかげで、ひるねをしていた。
目をほそめて、気持ちがよさそうだった。「わっ!」はらがた
ったので、しょうたはねこにどなった。ねこはとびおきて、に
げていく。
 ブザーを押すと、ただしはすぐに出てきた。いつもとなんだか
ちがう。目がまっかだった。「しょうた、宿題すんだ?」気に
なることを、ただしのほうから聞いてきた。
「あともう少し‐‐‐」うそをいってしまう。あわてて、宿題
の入っているバックを後ろにかくした。
「へえ、いいなあー。ぼくは半分ぐらいしかおわってないよ。
きのうの夜から、あまりねないでやってるけど、なかなかおわ
らないよ」
半分もやってればいいよ‐‐-しょうたはがっかりしたけど、
むりにあかるい声で、
「じゃあ、きょうはあそびないね」そういった。
「うん」ただしはうなずいて、「また明日学校で」
「バイバイ」しょうたはそういって、ただしの家を出た。
 太陽の光はますます強くなり、短くふといしょうたのかげが道
路にのびている。
「はあ‐‐‐」しょうたはまた大きなため息をついた。一人ぼ
っちで、かなしい気持ちが心の中にむくむくと大きくなってい
く。ふらふらと歩き始めた。公民館の図書館に行こう、図書館
がしまるまで、少しでも宿題をしなくちゃ、と思った。
 歩きながら、すぎてしまった夏休みのことを思い出した。毎日
のように学校のプールにいったこと。だれもいない家で、思い
っきりゲームをしたこと。学校のキャンプ。そこで食べたスイ
カのおいしかったこと。おじいちゃんとおばあちゃんの家にい
って、おこづかいをもらったこと---。
 たのしいことはあっという間におわってしまって、あとにのこるのはいやなことばっかり。毎日すこしでも、宿題をしておけばなあ---しょうたは
歩きながらぎゅっとくちびるをかんだ。
 図書館は中学生や高校生がかなりいた。人のねっきでむっとし
て、れいぼうもきかない。みんなつくえにむかって、勉強して
いる。えんぴつを動かすさらさらという音が、いやに大きく聞こ
えた。
しょうたは、あいているところにすわって、宿題を始め
た。まず漢字の書きとりをすることにした。勉強はどれもきら
いだけど、算数にくらべたら、漢字の方がずっとかんたんだ。
まっしろなノートが雪のように見える。しょうたは、「愛」と
いう字から始めた。
 ごちゃごちゃしてむずかしい字だ。まちがわないようにしなくちゃ‐‐‐七回書いたところで、変だなと気づいた。4回目の字から「心」が抜けている‐‐‐くやしくて、力を入れてまちがいを消すと、ノートがまっくろになって
しまう。大声で、なきだしたい気持ちになった。
 時間はどんどんすぎていった。時計のはりが、ビデオの早送りのように動い
ていく。3時、4時、5時---気がつくと、5時45分だった。漢字
の書き取りが1週間分しか終わらなかった。しょうたはため息
をついて、立ち上がった。
 外に出ると、すずしいかぜがふいていた。遠くの方から、ひぐ
らしの、カナカナカナという声が聞こえる。きれいなゆうやけ
が西の空に見えた。しょうたのお腹がぐうぐうとなった。家に
帰りたい。でも家に帰ると、宿題をしていないことがばれてし
まう---。
 しょうたはふらふらと歩きはじめた。どこにも行くところがな
かった。とおくへ、学校も宿題もない、とおくへ行きたかった
。でもそんな場所があるはずはない。公園やコンビニ、本屋や
ゲームセンター、頭の中はまっしろのまま、自分の知っている
場所にいった。
ぼおっと歩いているので、車やバイクにひかれそうになり、「こらあ!」と注意されたこともあった。どんどん暗くなり、道にのびるしょうたのかげは長くなった。お腹だけはすいていて、ぐうぐうなりつづけている。こころぼそくて
、足ががくがくした。それから何分も歩いた。何もかんがえられなくなり、もうだめだ、と思ったとき、自分の家の前に立っていた。窓のあかりが
あたたかそうで、いいにおいがただよってくる。カレーのにおいだ。
「ただいま---」おそるおそるげんかんをあけた。
「しょうた!」お母さんが走ってきた。
「どこへ行ってたのよ---」
「ごめんなさい。ぼく、夏休みの宿題をぜんぜんしていないん
だ---」
とうとういってしまった。お母さんがはっと息をのむ。
「どうして---」お母さんがいいかけたとき、うしろにきてい
たお父さんが、わらって、
「宿題なんかしていなくても、死にはしないよ」そういった。
それをきいたとき、しょうたのむねの中で何かがはじけた。
「うあああああーん」おおつぶのなみだが、しょうたの目から
こぼれだす。
「でも、しんばいをかけるのはよくないよ。母さんにあやまり
なさい」父さんはうで組みをして、いった。泣いているので、
しょうたはごめんなさい、といえず、頭を何回もさげた。お母
さんもなきだしていて、「ばかね---」、といった。

長いものを読んで下さり、本当にありがとうございます。
以前書いたもので、書いたことすら忘れていました。
少し手直ししました。
私は夏休みの宿題を9月になってもやっている子供でした。(笑)