【般若心経 オリジナル現代語訳 その1 導入部】
(原文)
観自在菩薩行深(かんじざいぼさつぎょうじん)
般若波羅蜜多時(はんにゃはらみたじ)
照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう)
度一切苦厄(どいっさいくやく)
(オリジナル現代語訳)
観音菩薩(アヴァロキテーシュヴァラー)が般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)という智慧(ちえ)の修行を極めた時、
私たちが認識する世界はすべて、空(くう)であると悟った。
空とは、移り変わり行き、その形をとどめることはなく、
その実体はつきつめれば波動であり、その波動を生むエネルギーそのものである。
それはまるで虚無のように見えて、その実はあらゆるものが創造される源である。
私たちはその真実を知ることにより、すべての苦しみの意図を知り、自らを救い、悟りへの道を歩むことができるのです。
※観自在菩薩は、日本で馴染み深い鳩摩羅什版の観音菩薩を採用しました。
※ただの「知恵」よりも深さを感じさせる「智慧」を使いました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は思うのですが、般若心経は人は救わない、自分を救うのは結局自分でしかないと。
そして人は生きている以上、苦しみや悩みを消滅させることはできないのです。
般若心経はただその道を示すだけのマニュアルなのだと思います。
私は仏教の勉強も深くはしていない、いち般若心経フリークですが、こうしてブログに今までの考えをまとめるために書くことで、多くの気づきを得たように思います。
この現代語訳は、私の今この時点での成果であり、また修正することもあるかもしれません。
般若心経の音楽的要素をできるだけ崩さないように、言葉のリズムに気を使ったつもりです。
「般若心経は人を救わない」
と結論づけましたが、般若心経的に言うと、「救うものでもなく、救わないものでもない」となるのかもしれません。
(関連記事)