さて、前回は世界は幻想であるという話でしたが、時間もまた幻想に過ぎない、と言ったらどうでしょう?
鳩摩羅什(くまらじゅう)訳の般若心経には、次の一節があります。
「非過去 非未来 非現在」
(過去にあらず 未来にあらず 現在にあらず)
時間は過去から現在、現在から未来へと流れている、というイメージがあります。
しかし、それは三次元的なモノの見方であり、縦、横、高さに時間が加わった四次元の世界では、時間は直線的なものではなく、そこでは「過去」とか「未来」という概念はなくなるはずです。
そもそも時間とは何でしょう?
それは、空間、あるいはその中に存在するものの変化です。
アインシュタインの相対性理論では、時間の進み方は、動いているか止まっているか、重力があるかないか、などによっても変わってきます。
宇宙全体に絶対的に流れる時間というものはなく、すべては相対的なものである、ということになります。
つまり、時間というものは本当はないのです。
物事の変化を便宜上表す手段であり、人間の脳の記憶と予想についてくるオマケのようなものです。
時間もまた脳が創り出す幻想にすぎないのです。
存在しない過去に戻って後悔を味わったりしてませんか?
存在しない未来に思いを馳せて不安になったりしてませんか?
ここで再びロボマインドプロジェクトの田方さんに解説をお願いしたいと思います。

