typhoon
すっかり更新が滞ってます。
…にもかかわらずご訪問頂いている様、感謝申し上げます。
さて、私の住むこの南国の地域、
荒れ狂う熱帯低気圧の影響により、時折激しい雨が降ったりやんだり。
幸い軌道はそれ、直撃はまぬがれたものの
その状況は以前予断をゆるさない状況で
刻々と進路予測は変化しています。
今年はまだ一度も本島への上陸はないとのことで
隆々と空を目指して伸びていたサトウキビが
この数日の雨風で、なぎ倒されてしまいました。
まあ、これが例年の風景ではあります。
10年ほど前、同じく台風が少ない年がありました。
台風による海での攪拌効果が得られず海水温度の上昇。
多くの珊瑚が、共生するバクテリアを失い「白化現象」と称される
珊瑚が白くむき出しの形骸化する事態となりました。
追い討ちをかけるように
オニヒトデというヒトデが大量発生し珊瑚を喰らうという、
生態系にも異変が生じていました。
自然の営みが、ひとたびそのバランスを崩すと
その影響は多岐に及ぶのは当然の成り行きです。
人はそれをどの程度把握し、今後のことを予測し
危機を回避する為の対策を実践することができるのしょうか。
全体から必要とされたとする、ある目的をまっとうするのに
その過程で生じるアツレキは不可避でしょうが
弱い立場におかれた側は、その苦汁に耐えるより仕方がない…
というのが、今の状況のように感じます。
何をもって幸せとするのか。
その価値基準が経済指数によりもとめられ
多くの人を支配しているのが現状な訳ですが
視点を変えると間逆の捉え方も可能ではあろうかと。
え、それって現実逃避の錯覚でしかない?
やっぱり現状の社会評価を無視するのは無理なのが現実かな。
久しぶりに戻った地元。
人々の生活がひっ迫している状況と、
その経済事情により生じる事故や犯罪などの報道。
それでも、都会に比べるとのんびりしているその雰囲気には、
底知れぬ豊かさと可能性が感じられます。
首都圏にいると、大義名分として「環境」が大きくとり立たされている。
確かに、もっともらしく正当性のある主張だし、
それは政治的に必要な手法なのだろう。
しかし、目先の生活に窮する者に
環境に配慮した商品を選択するよう布れるようなやり方は
いかにも上から目線でしかなく
たとえそれが正義であっても、そらぞらしく感じる。
教育現場の理想と、現実社会のギャップに気づいたのは
成人してからというおバカな私です。
何を今さらという、青臭いことをあいかわらず言ってます。
だからといって、私に何ができるという訳でもなく
まあ、なんとなく思ったことを
つらつら書いてみました。
先日、以前勤めていた職場の同僚と久しぶりに会いました。
その職場を辞して、他の仕事に就いたという何人かが数年後、
やはり同じ職種に舞い戻ったという話を聞いて
私もそうなるのかな…とぼんやり思ってみたり。
でも、居心地の良かった、当時の職場仲間と話しているうちに
臥しがちだった気持ちが、だいぶスッキリした気がします。
気心のしれた仲間とのくだらない話って大切だな。
あらためてそう思いました。