奇跡の調和
主観による正義とか真実って一様でなく、
普通の生活を営むこの社会は、
何かでもってかろうじて調和を保っている状態ではないかと。
その何かは、本来皆が持っているはずの互いを尊重する思いやり、
時に譲歩する態度だったりするはずが、
私利欲にくらむと己を見失い、しがらみにより流されて
他人への配慮に欠いたりするのかな…
なんて思ったりします。
私利欲でなくとも、窮鼠猫をかむ
誰もが窮地に陥るとそこから脱出するのに必死になります。
備わった能力以上の対応を要求されると困ってしまいますし
状況によって、または人によっては
逆切れという感情が発生してしまうことさえあります。
最近の事件・事故・病気の著しさは、社会の歪の表出であり
その事態に不安感をあおわれた人々の警戒心は増長する一方なので、
ますます世知辛くなっていくのも最もなことかと。
衣食足りて礼節を知るっていうけれど
余裕のない心の貧しさは、必死に保身せざるを得ない状態であり
しょうがないのかなと。
欲に捕らわれず、いつでも優しさを持ち続ける。
その精神状態を維持するのは単純なようでいて
結構難しいことなのかなあと、
愚行を繰り返す人間の歴史をみるにつけ
諦観して楽になりたいところですが
いやいや、そんなに悪いことだらけでもないだろうと
希望を何かに託したくもなるのです。
何かって一体なんだろう。
自然界のバランスも
実は奇跡のような危うさにより保たれていると聞きます。
「利己的遺伝子」って、一時期話題になってました。
もちろん難しいことは理解できないし、
文字通り誤読しているかもしれないけれど
なんだか面白いこと言っているな~と思います。
この暑さで、連日冷やし中華麺を食べています。
コンビニのできあいで満足してる私。
食生活の貧しさを思うと不幸だけれども
それで満足できるお手軽さを思うとたいそうな幸せ者だと解釈できる
そんな自分が結構気に入っていたりもする。
だからなんだというオチがあるでもなく。