気難しがり屋
「ゾラ・一撃・さようなら」森博嗣
森さんのハードボイルド小説。
タイトル、かっこ良いです。
「どうしたんです?あまり楽しそうじゃないわ、頚城さん」
「うん、感情が表に出ない人間なんでね」
「ポーカーフェイス?」
「そう」
「もしかして、恥ずかしい?」
「恥ずかしい。僕と同じ歳くらいの男は、例外なく子供を連れている」
「例外があっても良いと思うわ」
「うん、悪くはないけれど」
「子供が好き?」
「子供によるね」
ここで交わされるような「子供が好き?」という質問。
そういえば若い頃、人に尋ねられると妙なプレッシャーを感じたもの。
久しぶりに思い出した。
この質問には、なんとなく質問者側に
「女の人は子供好きなのが普通であり、まっとうな姿だ」
というような期待が込められ、それを確かめられているように思えたのだ。
子供という、発展途上で将来を期待される存在。
大人からみた子供は社会的弱者であり、その存在を大切にする意思確認。
ひねた見方をすれば、弱者を庇護する人に悪い人はいない、みたいな。
あるいは子供を愛する良き母、良き妻としての資質の有無確認。
最近はそうでもないが、ひと昔はあきらかにそんな風潮はあったと思われる。
私の思い過ごしかもしれないが、
とにかくその質問の意図するところを図りかね、
居心地の悪さを覚え、不思議に感じられた。
意訳すると「子供と接することが好きかどうか」を尋ねているのだろうが
同じようなニュアンスで、子供以外の世代を対象とした
「若い子が好き」「中年が好き」「老人が好き」
とはあきらかに違うように感じられた。
なんだか訳がわからない。
自分でもよくわからない。
以前、職業柄子供と接する機会が多い時期があって
人は生きてきた時間ではない
ということを、たびたび感じさせられた。
相手を好きかどうかは、
その対象となる人物の年齢や性別、
飛躍すると人種、国民、宗教を特定して断言できるものではないと。
確かに傾向としての志向はあるはずだし
もちろん、そこまでの追求を意図した質問でないことも理解している。
にもかかわらず、私はそこに妙な違和感を感じてしょうがなかった。
なので「子供が好き?」という質問に
愚直なまでの安易さや横暴さが感じられ、面白くなかったと。
当時の自分の心境を解釈してみて、今ようやく理解できた気がする。
私は、どうでもいいことが気になってしまうことがままある。
気になるツボは各人一様でないと
自分を励ましておいたほうが無難そうです。
だから何だって訳でもありませんが
ハードボイルド小説のダイアローグがきっかけで
過去のわだかまり(という程のものでもないが)
がひとつ解きほぐせたことで
私の中の森博嗣さんの評価が、高まりました。
映画「スカイクロラ」どうなんだろう。
原作とは別物として心しておいたほうが
安全なのは確かだと思われる。