自己嫌悪
帰宅時、各駅停車から快速への乗換えで
間違って逆方向への電車に乗り込んでしまった。
どうりでやけに空席があると思いました。
いつもより時間が遅いせいかと思ったのに。
次の駅で、本来の方向への電車に乗り換え。
快速のはずが、無駄足を踏んでしまった。
そんな帰りの電車での出来事。
やれやれと、優先席の前のつり革につかまり
私の左隣の男性のめくるマンガを横目でのぞき見たり。
「湾岸ミッドナイト」でディアプロとF40バトル展開のようでした。
都会ではそんなスーパーカーを結構見かけますね。
都内をドライブすると、そんな珍しい車を見ているだけで何やら楽しいものです。
地元の田舎では外車といえば堅物なビジネス車など実用車がせいぜいなもので
決して詳しい訳ではありませんが、遊び心のある車って見てて面白いものです。
あるいは格差社会の片鱗を感じたり…。
私の右隣には若い女性が同じくつり革に捕まっている。
窓に映った自分の疲れきった姿と、その右隣の女性…
よく見ると、お腹が膨らんでいるような感じ。
あれ?ひょっとして妊婦さん?
でも肉付きがいいだけって感じがしないでもないし、微妙。
おせっかいかもしれないけれど
妊婦さんだったら席を空けてあげたい。
でも座っている人たちは一様に疲れきってぐったり目を閉じている。
車内にはこんなにたくさんの人たちがいるのに、
誰も気付いてあげられないとしたら、なんだか悲しいです。
それともやっぱり私の勘違いなのかな、と。
優先席でないからといって、席を譲らない理由にはならないことは当然です。
同様に優先席に座ることは状況に応じ、誰でも自由だと思います。
そこをあえて目的を持った席を設けてあるのですから
優先席に座る時には、本来そこを必要としている人が周囲にいないか
いつもより余計に気を配るくらいの覚悟が必要なんだなと実感。
さて今回の場合、はっきりその女性本人に聞けばいいのかもしれないけれど
私が席を占有している訳でないので躊躇してしまう。
こんな場面で積極的に理想的な行動ができない自分です。
渦中の女性は、つり革に捕まり目を閉じている。
そのうち気分が悪くなってうずくまったりしたらどうしようとか
そもそも妊婦さんじゃなかったりして…とか
余計な妄想が尾をひいて、悶々とした思いのまま10分ほど経過。
私の目的の下車駅が近づき、反対側の席の人が立ち上がったので
その女性の肩をトントンして
「大丈夫ですか?」と声をかけた。
目を閉じていたその方は、間を置いて私を見たので
「席空きますよ」と伝えると、笑顔で応えてくれた。
網棚から鞄を下ろすのを手伝い、
下車間際もう一度その方と視線を交わすと、
やっぱり笑ってくれたのでよかった…と思ったその瞬間、
さっき空いたはずの席に他のおばちゃんが座ろうとしてるのを
目の端で捕らえてしまった…
が、降りる人たちの波にさらわれるまま、下車してしまった。
うーん。
こうなると、もはやその残された車内の人たちの良心を信じて託す思いです。
きっと誰かが気付いてあげられると信じたい、と思う自分はきっと偽善者だ。
勝手に他人の良心に期待を寄せることは甘いことなのかもしれない。
勝手に期待して、それに違えた事態になると残念に思うなどもってのほか。
なので信じるといいつつ、期待はしなかったり、時と場合によりけり。
でも、人を信じられずに生きていくのはやはり悲しいことだし
きっと辛いことだと思われる。
ということは、結局相手を思ってというより、
自分が楽になりたいからという理由なだけにやっぱり偽善者だ。
うーん、なんかグルグルしてきました。
ああ、なんて嫌らしい自分に自己嫌悪。