つれづれ牡牛座について | メンズ占い師ユニット not for sale. Official Blog [Powered by Ameba]

つれづれ牡牛座について

いま雑誌Mistyの「ぶっちゃけ!星座トーク」という連載コーナーで、
ようは毎月星座語りをしてるんですが、都合上はしょったり、
あえて言わなかったりすることが多々あるので、
そのへんのことをBlogでは少し書いておこうと思います。@Sugar


まずは今発売中の号で取り上げている「牡牛座」について。


■その力はどこからくるのか?


純粋な物欲という意味では、12星座の振り分けの中でも、
もっともモノをモノとして愛でる才が強調されている牡牛座だけど、

その固執ともとれる執着はどこから来るのか?

というのがやっぱり引っかかるわけで、
この点で参考になったのは、
三木成夫の『胎児の世界』にあった、以下のような舌という感覚器官(牡牛座の対応部位)をめぐる言及だった。

・「味覚は視覚のそれに比べて桁違いに深い」p28
・「脊柱動物の自然誌から見れば、おそらく両者の間には数億年といった歳月の開きがあるだろう」p28
・「(胎児は生後)三ヶ月に入ると、一人前に舌なめずりをおこない、舌つづみを打ちはじめるという。(中略)この頃から彼らは、この液体(羊水)の味見に明け暮れる。」62p

味覚が他の感覚器官よりプリミティブで、三木氏の言い方を借りればより「生命的」なのと同じ意味で、牡牛座が表す性質も他の星座よりも「生命的」なのかも知れない。

ただプリミティブと言っても、それは牡羊座のように子宮から飛び出していこうとする跳躍の様をイメージさせるそれと言うより、やはり嬰児が母親の差し出す乳房にもたれかかって乳をもとめて吸いよっていくような、「生きのびる」ための本能やしぶとさを思わせる。

また、口腔を閉じるくちびるも牡牛座の対応部位。

・「唇音である「マ」音は西欧諸国ではmamma(乳房)からmater、maman(母親)まで、わが国ではご飯では「マンマ」からご馳走の「ウマウマ」まで、それは食に関する根源的な欲求の対象を指す際に用いられる」同p38

原始生命から現在への人間へと進化する約2億年の歳月の積み重ねのあいだ、それらの舌はまず母乳の味にたどりつくことを目指したし、それこそ母乳をいのちの底から味わい尽くすために、その欲求を、種ごとの唇音に託して表現し続けてきたわけで。「吸え!」というのはずっと生命の至上命令だった。

その意識を強く分け持っているのが牡牛座。(太陽の位置がとかでなく)

その意味で、牡牛座が「食べること」に豊かさの鍵を見出そうとしたり、なんらかの形で「安住」を求めるサガを持っているのも、生命史における舌や口唇の位置づけを考えると、さもありなんという気がしてくる。



■食と性の互換性の高さ


グルメ系の漫画とエロ系のそれで、実はまったく同じような擬音語が使われている事実には、気づいている人も多いかと思う。

例えば、ぷりぷり、しこしこ、じゅわーっ、
なんて、発言のシチュエーションによってはセクハラで訴えられかねないが、
中華一番!しかり、美味しんぼしかり、孤独のグルメしかり、
グルメ漫画の中に探せばいくらでも出てくる。これ、どう理解したらいいのか?

占星術的には、
牡牛座が食に縁の深い舌や口唇に対応する欲望の門だとしたら、その正反対の星座であり、性に縁の深い蠍座は性器に対応する欲望の門ということになっており、両者は「吸収」と「排泄」という2大快楽を司る軸で結ばれている。(ちなみに、くちびると肛門は感覚神経の感度が同じくらい高い。)

この関係を、占星術のロジックなど使わずに既に喝破していた一人に、日本ではまず何と言っても稲垣足穂が挙げられる。

その著書『A感覚とV感覚』で、氏は人体を口から肛門までつながったひとつの円筒に見立て、A感覚(=Anal)こそはもっとも原始的で根源的な感覚なのだと語っている。さらに、Aによる排泄が性的行為であるならば、口(Oral=O感覚)による食物摂取もまた性的行為なのだという。

普通、口腔から入れたものが肛門から排泄されるという流れこそ自然と考えるし、性を姦淫と結び付けようとすれば、男性のPと女性のVに話がいきがちなところを、氏はあえて、肛門から口腔へ抜けるAO円筒こそ、「人間の幾何学的存在様式」とした。

このAとOをめぐる関係については、『胎児の世界』にも、「口と肛門の両端で固定された腸管は、途中で捻転を起こして陰陽二ツ巴をかたどる渦巻き」という言及があるが、それが「幾何学的存在様式」と呼べるとすれば、それはなぜか?

ひとつの考えとしては、
食に象徴される、外から栄養を取り込んで生きのびようとする相と、性に象徴される、相手を見出し合体して種を残そうとする相が交換され、移り変わって刻まれていくリズムこそ、どんな生物にも共通して現れる生命の波だから、なのかも。

つまり、この2つの位相転換が正しく交差することの中で保たれる、人間としての様式があるということ。
元服や割礼などの成人の儀は牡牛座的だし、蠍座的といえば初夜の儀だろう。

このあたり、まだまだ掘り下げる余地がありそうだけど、
それはまた別の機会に。

では