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頂き物

今日、お越し下さったお客様から頂き物をしましたニコニコアップ


今日、頂いた物は静岡県御殿場市にある『梅月』様と言う和菓子屋さんの『いちご大福』と『チーズ大福』です音譜


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奥側と右側がいちご大福で左側がチーズ大福ですひらめき電球


まずは、いちご大福から頂きましたキャハハ

柔らかいお餅の中に、甘いあんこと酸味の強いいちごが絶妙なバランスで入っていて、一人でいくつも食べてしまいそうな美味しさでしたおんぷ


次にチーズ大福を頂きました。

こちらは、柔らかいお餅の中に、チーズと思いきや栗が入っていて、何故チーズ大福なのか考えてしまう物でした?この感じなら、栗大福で発売した方が良いのではないかと思いましたニコニコ

栗大福として考えたら、美味しく頂ける仕上がりでした上げ上げ


梅月様のホームページは無い様なので、場所が掲載されているサイトをどうぞパソコン

http://www.at-s.com/bin/guru/GURU0040.asp?yid=B257427042

一番出会いたくない思考

私には、自分の思考の中で出会いたくない思考があります。

それは『驕り』です。


私は、この驕りと言う思考と自分の中で出会っているかもと少しでも思った時には、その時にしている事をすばやく切り上げて、一人になる様に心がけております。そして、驕りと言う思考を締め出してしまう様に努めております。


私の中で驕りと言う思考と仲良くした後には、100パーセント失敗や滅びがやって来ます。


恥ずかしながら私は昔、驕りとは大親友で、今思えば毎日、人を出し抜いて、蹴落としてでも自分が上からモノを言って優越感を感じたいと考えて日々過ごしていた様に思います。自分より出来る人(仕事、生活、あらゆる事において)はみんな敵だと思っておりました。その結果、驕りと仲良くしていた為に生じた、払うべき対価を支払い本当に惨めな思いをしました。


この体験からかなりの年月が経ち、最近では殆ど、驕りとは出会う事は無いと感じておりますが、(自分で把握しきれていないのかも知れませんが・・・)今でもこの思考と出会った時は、一目散に逃げ出し、締め出す様に努め様と備えております。

今日の一枚

今日、作業中に聞いていアーティストを紹介したいと思います音譜


今日、聞いていたアーティストは『Foo Fighters』ですCD



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最近は、無性に彼らの楽曲が心地良く、1日に数回聞いている日もありますにひひアップ


Foo Fightersは、元NirvanaのドラマーのDave Grohlが中心になって立ち上げたアメリカアメリカのバンドなんですが、Nirvanaの時とは違いドロドロのロックと言うよりは、Dave Grohlのキャラクター通りの茶目っ気たっぷりなメロディー感のある曲が多いのも、このバンドの特徴だと思います。(最新作は少し、暗い感じのアルバムですが・・・あせる)


彼らのアルバムは毎回、音の感じが変化するので、個人的には初期の作品が心地よく、聞いているだけで家の外に走り出したくなります(笑)急ぐ


気になった方は、是非、一度聞いて見て下さいニコニコアップ





モスバーガー

今日のお昼は、無性にモスバーガーが食べたくなり雨の中雨出かけてしまいました車ダッシュ


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私は、あまりファースト・フード店に行く事が無いんですが、食べるなら美味しさのモスバーガーか、ノリのバーガーキングだと思っておりますキャハハ

そして、モスバーガーに行くと、毎回、サウザン野菜バーガーを食べてしまいますガーンダウン

沢山の種類があるのに、習慣と言う物は恐ろしいと自分の事ながら感じてしまう出来事でしたにひひキラキラ

低くする物、高くする物

私は、数年前からずっと心がけている事があります。


それは、『幸福、心地良い』と感じる基準を低く設定し、『不幸、不快』と感じる基準を高く設定すると言う事です。


この二つの基準は密接に関係しており、まるで天秤の様だと私は考えております。


幸福、心地良いと感じる基準が低いと、些細な事で幸せを感じる事が出来、一日と言う時間の枠の中で建設的な気持ちを何度も感じる事が出来ます。人の為に何か出来たり、新しい事を始められたり、など自分の気持ちをプラスに持って行きやすくなります。その状態で、天秤のもう片方を見てみると、遥か上にあり、その事が意味する事は、不幸、不快などを感じる基準が高く、滅多にマイナスの気持ちに支配されなくなると言う事になります。逆に、不幸、不快の側が低くなれば、上記とは逆に作用してしまいます。


この様に考える様になる前の私は、小さな優しさや配慮と言う物に感謝をした事はあまり無く、どちらかと言うと、与えられるのが当然と思っている節があった様に感じております。それと同時に、腹をすかした餓鬼の様に、幸福を求めて動いているのに、いつも手に入る感情は、満たされない不快感でした。


残念ながら私はまだまだ至らない所は多分にあります。期間も何年もかかりましたが、最近では人の小さな気遣いや優しさに気づきやすくなって来た様に感じております。


私は、これからもこの思考を忘れずに生活して行こうと考えております。