こんにちは。
通信制高校に通う18歳です。
私は、不登校になったことをきっかけに、通信制高校へ転学しました。
今振り返ってみると、「もしかしたら、不登校になる前からこういうところがあったからなのかな」と思うことがあります。
もちろん、これが不登校の原因だったと断定するつもりはありません。
ただ、自分自身を振り返る中で見えてきた「ちょっと変わっているかもしれないところ」を、今回は3つ紹介します。
もしかしたら、不登校や学校生活に悩んでいる人にとって、何かヒントになるかもしれません。
1.興味の方向性が広すぎる
私の興味の方向性は、めちゃくちゃ広いです。
理系の科目だけでなく、政治、行政、心理学、教育学などを掘り下げるのも大好きです。
しかも、それぞれが同じくらい面白く感じてしまいます。
進学校にいたときも、最後の最後まで大学の学部を決めなくていい方法を考えていました。
実際、大学1年生で幅広く学んでから学部を決められる大学があることを知って、「ここなら自分に合っているかもしれない」と思い、そこを目指そうとしていました。
普通なら「将来何になりたい?」と聞かれたら、ある程度絞っていくものなのかもしれません。
でも私の場合は、
「理系も面白い」
「政治も面白い」
「行政も面白い」
「心理学も面白い」
「教育学も面白い」
となってしまう。
選択肢を減らすこと自体が、なかなか難しかったです。
2.人間関係を築くのが苦手
私は、1人でいることが結構好きです。
1人カラオケも好きだし、1人でラーメンを食べに行くのも全然平気です。
もともとは、人前に立ったり、リーダーをしたりするタイプでした。
ただ、高校に入って勉強に追われるようになると、そういうことをする余裕がなくなっていきました。
私は初対面の人と話すのは、むしろ得意です。
そのため、「コミュ力お化け」と言われることもあります。
でも、そこからが苦手。
「1年間同じクラスだから仲良くなる」というような関係を築くのが、あまり得意ではありません。
流行にもあまり詳しくなくて、同級生と話すより、大人と話しているほうが楽だと感じることもあります。
だから、「人と話せない」というより、人との距離を時間をかけて縮めていくのが苦手なのかもしれません。
3.こだわりが強く、自分を責めすぎる
これは、私自身がADHDの特性として感じている部分です。
私は、宿題などを「とりあえず終わらせる」ということが苦手でした。
自分の中で納得できるところまでやろうとして、時間がかかってしまう。
その結果、宿題が終わらないこともありました。
そして、できなかった自分を責める。
「なんでできなかったんだろう」
「もっとできたはずなのに」
と考えてしまう。
それを繰り返しているうちに、自分を責めすぎて、逆に動けなくなることもありました。
今思えば、頑張ろうとしているのに、その頑張り方が自分を苦しめていた部分もあったのだと思います。
最後に
こうやって振り返ってみると、私は昔から少し変わったところがあったのかもしれません。
ですが、興味が広いことは、いろいろなことを知るきっかけになります。
1人の時間が好きなのも、自分の時間を大切にできるということでもあります。
こだわりが強いことも、裏を返せば、一つのことを深く考えられるということです。
ただ、学校という環境の中では、それがうまく噛み合わなかった。
だから私は、不登校になったことで初めて、「自分はどういう人間なんだろう」と考えるようになりました。
不登校を経験したからこそ、自分の「変なところ」を知ることができた。
今は、そんなふうにも考えています。