アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170124 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170124

 【晴】
 学校から帰ると、母屋には誰もいなかった。

 床の間の上のラジオから、尋ね人の番組が流れていたが、戦争が終わって何年も経っているのに、まだ沢山の人が国に帰れずにいたり、行方が知れずにいるのかと思うと、やはり戦争は絶対にしてはいけないんだと、改めて心に刻み込んだ。

 床の間の横にある仏壇の上に、三枚の肖像画が飾ってあるが、その内の一枚の亀六叔父さんは、軍服姿だった。

 この辺りには、我が家と同じような肖像画のかかっている家が軒並みで、そのほとんどが軍服姿だったから、その一軒一軒に戦争による犠牲者がいる事になる。

 一番上の兄は、五体満足で帰還したが、結婚して二人目の子供が生まれて間もなく、工場のケガで右手を失った。

 私が小学校三年生の夏であった。

 その後兄一家は、太田市の分工場の方へ移って行ったために、我が家はその分家族が減って、私は慣れるまで少し淋しかった。

 カバンを放り投げ、ボンヤリとラジオを聞いていると、表に人の気配がした。

 声がないので誰か家の者が帰ったのかと、何の気なしに玄関に出てみると、そこに立っていたのは流しの獅子舞だった。

 頭はあちこちの塗りが剥げ、身の唐草はシミと汚れで見る影もない。

 崩れた身なりから発散する雰囲気の猛々しさは、目の前の人がただものではないのを教えていた。

 その男は不遠慮な視線で家の中を見廻しながら、「誰か大人の人はいねえのかい」と、土間に入って来た。http://www.atelierhakubi.com/