アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161216 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161216

 【晴】《15日の続き》
 今夜は仕事が終わるのに合わせて、手早く食べられるようにと、夕食はうどんだったから、多分映画が終わる頃には腹が減ってしまうだろうし、職人さん達は大抵大食いだったので、今夜の売店は我が家のメンバーだけでも忙しくなりそうだった。

 おでんといっても、コンニャクやチクワなど串に刺して食べられるものがほとんどで、値段もかなり安かったから、映画を観ながら小腹を満たすにはちょうど良い食べ物なのだ。

 クライマックスらしい音響が、合間に入る拍手の音と共に扉を通して外にもれて来る。

 今はあまりないのだろうが、あの頃は映画の場面が、これぞという時には満場の拍手が沸いたり、「イヨッ待ってました」とか、「チキショー◯◯テメエなんか死んじまえ」とか、「◯◯テメエ汚ねえぞ」とか、物凄い勢いで画面に野次を飛ばしたりした。

「そうだそうだ」とか、「その通り、あいつが悪い」とか合の手も入って、結構賑やかな場内だった。

 場内は多分討入りが大詰めに来ているのだろうか。
サウンド・トラックではない肉声が、「ワーワー」と途切れずに聞えて来る。

 それでも私達だけでなく、次の上映を待っている客達は、誰一人として中に入ろうとはしない。

 父や母、そして上の兄達は、今夜この場で知り合った人達と煙草をふかしながら、私には分からない忠臣蔵の難しい話を、時折冗談を交えて楽しそうに交している。

 ハルさんとモトさんは売店の脇で将棋を指し始め、ヨッさんはそれを横で見物している。

 唯一人ヒロやんだけは少しもじっとしていずに、下の階に下りたり、また二階に上がって来たりして目障りで仕方がない。

「ヒロちゃん、他の人達に迷惑だから少しじっとしていなさいよ」

 兄嫁がたしなめても、ヒロやんは「ウン、ウン」と生返事ばかりで、ウロウロするのを一向にやめようとしなかった。http://www.atelierhakubi.com/