アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161212 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161212

 【曇一時雨】《11日の続き》
 田中のオバさんは、私が小学校一年生の時から仲の良かった田中仲司のおふくろさんで、おやじさんは高砂館の映写技師をしていた。

 その頃は映画館関係者の家族の特典で、市内の映画館ならどこでも無料で入れたので、私は田中と一緒によく映画のただ観をした。

 母は私が田中と付き合うのを快く思ってはいなかったのだが、それは田中が今でいう非行少年、その当時の不良少年だと思われていたからだった。

 確かに田中は野生児ではあったかもしれないが、決して非行少年などではなく、朝は登校前に牛乳配達、下校後は毎日豆腐売りのアルバイトで家計を助けてさえいたのだ。

 だから息抜きに金のかからない映画館通いをする位は当り前だったと思う。

 田中にはお姉さんと妹が一人づついて、二人共とても優しい人だった。

 私は時々下校途中に田中の家に寄って、お姉さんの用意してくれた弁当を田中が食い終わるのを待って、一緒に豆腐売りに付き合う事があった。

 別に何をする訳でもないのだが、豆腐の入った大きな木箱を付けた自転車のあとを、ただ黙ってついて行くだけでも、田中には気晴らしになったようだ。

 行く先々でおばさん達と如才なく会話をしながら商売をする田中は、学校では絶対に見る事のない、まるで大人のような姿だった。

 ひとまわり約3時間ほどで、持って来た豆腐や油揚げなどは全て売り切れる。

 聞けば売れ残る事はめったにないのだそうだ。

 私は田中の自転車のあとを走りながら、(本当にこいつは偉いな)と、いつも心から思った。http://www.atelierhakubi.com/