アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161211 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161211

 【晴】
 夕飯支度の煙が、大人の背丈より少し高い所でたゆたって、目の届く限り続いている中を、唐草の風呂敷に包んだお重を両手に提げて、うなぎの蒲焼やどじょうのくりから、鯉の洗いなどを売りながら、田中のオバさんがやって来た。

 私はどじょうのくりからが大好きで、普段はめったに食べられないけれど、風邪をひいた時などは薬代わりに食べさせてもらえたので、毎日のようにこの辺を売り歩くオバさんとは顔見知りだった。

「オバさん今日は売れた?」

「あんまり売れないんだよ。お母さんにまた買ってもらえないかしらね」

「ウン、聞いてみるから一緒に来て」

 私はしめたとばかりにオバさんを家まで案内して、「あのね、オバさん今日はあんまり売れないんで、家で買ってもらいたいんだって」と言った。

 母はこんな時に決して嫌と言わないのを私は知っていたから、今夜は久し振りに好物のくりからにありつけると思っていたら、「まあ、ちょうど良いところに来てくれましたね、鯉の洗いを今あるだけ貰いましょうかね」と、私の思惑とは違った結果になってしまった。

「ハイ、いつも有難うございます。洗いは全部で5人前ですがそれでよろしいですか」

「少し足りないけれどいいですよ。田中さんも毎日大変ですね。お身体を壊さないようにお稼ぎなさいましね」

「有難うございます。おかげ様で体だけが身上でして」

 オバさんはそう言うと、荷物をまとめて夕闇の中に消えていった。http://www.atelierhakubi.com/