アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161202 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161202

 【晴】《1日の続き》
 ヒロやんの声に励まされて、私は一刻も早くヨッさんとハルさんのもとに行きたいと、ほとんど駆け足に近い速度で自転車を押した。

「そんなに急がなくったって二人は逃げやしねえよ」

 ヒロやんは笑いながら私の背に声を掛けたが、その声は心なしか少しホッとした様子がこもっていた。

 田んぼが突然終わり、街道の両脇は深くて高い屋敷林が、まるで森のように続いていて、意外に多い人家が、その森の根方に続いていた。

 ヨッさんとハルさんは私達が追い付くと、100mほど先の火の見櫓を指差して、「あの火の見の辻の角にある自転車屋に話つけてあるから、そこまで一ふんばりしろ」と言った。

「ハイヨッ」

 ヒロやんは威勢の良い返事をして、二人のそばに立ち止らずに先を急いだので、私もヒロやんの後について先に進んだ。

 もう辺りは夜に近い闇の中にあった。

 地上の暗さに比べて、まだ銀灰色の明るさが残っている空を背景にして、火の見櫓が黒々と立っている辻まで来ると、手前の角に自転車屋があり、その前にはヨッさんとハルさんの自転車が夜目にも分かる大きな白に荷を乗せて止っているのが見えた。

 その店は軒が目立って低く、中古の自転車や修理道具が散ばっている土間は、街道から一段低くなっているような作りで、西と南に広い間口が開いていた。

「直ぐに張るから奥で茶でも…」という店の主人に促されて、私達は土間の奥の上り框に腰を掛けて、家の人の入れてくれたお茶を飲みながら、お茶請けに出された沢庵をほおばった。

 先に来たヨッさんとハルさんに事情のあらましは聞いていたのか、小柄で温厚そうな店の主人は、ヒロやんの事を盛んに気の毒がっていたが、話しながらも手はめまぐるしく動いて、アッという間にパンク修理を済ませてしまった。

 修理代100円の他にタバコ銭を加えて、しきりに辞退する主人のポケットに強引にねじ込むと、街道まで出て来て恐縮する主人の声に送られながら、私達は自転車に乗った。http://www.atelierhakubi.com/