アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161201 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161201

 【晴】《30日の続き》
 西の空は夕焼けで真っ赤に染まり、大きな荷を担いで私の前を行くヒロやんと自転車の影が、左手の田んぼの上に長々と出来ていた。

 腕のケガが痛むのか、ほとんど口を閉じてトボトボと歩くヒロやんが心配で、何か気のきいた一言をと思えば思うほど、私もまた口数が少なくなってしまい、何となく気まずい空気が二人の間にわだかまっていた。

 影は田の面に合わせて、まるで踊るようにユラユラと形を変えながら、私達の横にピッタリと並んで附いて来る。

 私は何だか心細くなってしまい、思わず涙が出そうになってしまったのだが、そんな気配を察したのか、ヒロやんは急に歌を歌いだした。

「ひとつ出たホイのヨサホイノホイッとくらあ…」

 情緒も風情も品もないヒロやんの胴間声が、見渡す限り落日前の緋色に染まった世界の中に吸い込まれて行く。

「大丈夫、心配ねえって。こんな事俺ぁしょっちゅうだから、慣れてんのさ。もう少し行くと部落があるから、そこでパンク直してもらって先に行くべ」

 ヒロやんは重い荷物のために後を振り返る事が出来ず、前を向いたまま大声で私を励ましてくれた。

「ウン、俺も平気だよ。ヒロやん痛くない?」

「こんな傷なんか蚊に刺されたようなもんだ。それより晃ちゃん足痛くねえか。押してる自転車重くねえか」

 本当は足も痛いし自転車も嫌になるほど重いけれど、「痛くないよ。自転車も軽いよ」と言った。

 そのせいかどうか、私は急に足の痛みも自転車の重みも軽くなったような気がして、思わず「ヒョーッ」と叫んでしまった。

 やがて何とか視界が効くギリギリのあたりの薄闇に、人の気配が動いているのが分かると、ヒロやんは「オーッ、ヨッさんとハルさんがあそこで待ってるぞ」と言った。

 ヒロやんの視力は3.0以上だと聞いた事があるが、その話はもしかしたら本当かもしれないと思った。http://www.atelierhakubi.com/