アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161129 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161129

 【晴】《28日の続き》
 荷物をつけたままで、どうにか自転車を立ててヒロやんを助けたが、そのままで街道に戻すのは無理だと諦めて、細引きで荷台にガッシリと縛りつけてあるのを苦労して解き外し、荷はヨッさんとハルさんと私で、自転車はヒロやんが街道まで運びあげた。

「田んぼが乾いていたから荷を汚さずに済んだが、もし泥で汚してみろ、ここから足利まで引っけえしだぞ。このデレスケが」

 ヨッさんはひとまず安心したのか、ホッとした顔でヒロやんに毒づいた。

「本当だ、ダメだぞヒロ。オメの足の骨一本くれえ折っぺしょれたって何の事もねえが、荷を汚したら面子丸潰れだぞ」とハルさん。

「大丈夫だよ。このくれえでケガしてるようじゃ、コーヤ(染屋)の職人はつとまらねえよ」

 ヒロやんは少し意地を張ったような見栄を切って腕まくりした。

 休む間もなく荷を自転車に積み直すと、私達は慎重に自転車を発進させ、まだ遠い届け先へと出発した。

 大荷物を積んだ自転車は、乗り出す時と止まった時が一番倒れやすいのだ。

 ヒロやんはさっきの失態がよほど気になったのか、その後はめっきりと言葉が少なくなり、代って前を走るヨッさんとハルさんが、気楽な世間話を笑いをはさみながら交し続けた。

 一番うしろを夢中でついて行く私には、二人の会話の内容はよく分からなかったが、甘柿も確かに美味しいが、渋を抜いた樽柿はもっと美味いとか、一生に一度でいいから、バナナを死ぬほど食べてみたいとか、その気になればゆで卵を水も塩もなしで10個食えるとか食えないとか、そんな話のようであった。

 私はゆで卵を10個も水なしで食べるなんて、とても無理だと心の中で思ったが、それを口にする余裕などなかった。

 街道は南へ南へとどこまでも続き、陽は次第に傾いて、少しうしろに下がった金山の上の雲が、さっきよりもずっと濃い橙色に染まっていた。

「ねえヒロやん、小泉はまだ遠い?」

 私は恐る恐る前を行くヒロやんに声を掛けた。

「さっき沖ノ郷を過ぎたからもう直ぐだ。あと30分位かな」

「30分は無理だんべ。俺達だけならそんなもんだが、今日は晃ちゃんがいるからな」

 ヨッさんが前から皆に聞えるように大声で教えてくれた。

 その時、私達の脇をカーキ色のジープが列を作って走り過ぎて行った。

「ヒャッホー」「ヘーイ」「タイヘンね」
軍服姿の若い兵達達が、私達に向かって奇声をあげる。

「ハロー、サンキューね」

 ヒロやんが場慣れした調子で明るく答えると、兵隊達は手を振って走り去って行った。

 私はビックリしてもう少しで転びそうになったが、いつもは少し馬鹿にしていたヒロやんが、アメリカ兵と話をしたのを見て、すっかり度肝を抜かれてしまった。

「ヒロやんアメリカ人と話が出来るの?」

「あたりめえよ、アメ公なんてどうって事ねえさ」
そう言ったとたん、ヒロやんはまた「アー」と叫びながら転倒した。http://www.atelierhakubi.com/