アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161126 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161126

 【晴】
 木枯しが吹く頃になると、我が家では柚子湯をする日が多くなって、家の者だけでなく貰い風呂の人達も喜んだ。

 柚子の木は大抵の古い家にあったから、あまり珍しいものでも高価なものでもなかったが、晩秋から初冬にかけての食卓には欠かせなかったし、砂糖漬けや蜂蜜漬けにして、風邪をひいた時など薬代わりに熱いお湯を注いで飲んだりした。

 柚子湯は実を10個ほど布袋に入れて風呂に入れただけの単純なものだったが、風呂場いっぱいにいい香りが広がって、心まであったまる気がした。

 あかぎれやしもやけの人は、柚子を薄切りにして壷に入れ、一日に何回か汁の中に手を入れてよく擦っていたが、本当に効いたのかどうかは分からない。

 私はよく熟した柚子の種がいっぱいの中身を食べるのが好きだったが、祖母は柚子を食べる私を見ながら、「あ〃やだっ、見ているだけで口の中がすっぱくなるよ」と顔を背けるのだった。

 工場裏の本島の屋敷には、この辺で一番大きな柚子の木が、季節になると枝いっぱいに実をつけ、その一部が石炭置場の上に張り出していたので、私はその実を有難くちょうだいしていた。

 すると本島家の一人息子が目ざとく見付けて、「ドロボー、ユズドロボー」と、塀の向こうから大声で叫ぶのだった。

「ウルセーな、おめんちのおばさんが採っていいって言ってんだよ」

「ウソだあ、ウソだあ、ドロボー、ドロボー」

 本島のオバさんが母に、「そっちに入っているのは、どうぞ採って使って下さい」と、本当に話していたのを聞いていたので、こっちも負けてはいられず、塀を挟んで口ゲンカしていると、いきなりうしろからポカッと頭をどやされたので、ビックリして振り向くと、父が鬼のような顔をして立っていた。

 私はスゴスゴとその場を去ったが、その後本島の息子(ケンさん)とは無二の友となった。http://www.atelierhakubi.com/