アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161120
【晴】
まだ日のある内に引き上げていった「おでん屋」の三田さんのあとに、いつになく「チビおでん」が屋台を引っ張って緑町に入って来た。
「チビおでん」は五十部から今福にかけてを流しているので、こっちの方にはめったに顔を見せない。
珍しい事もあるものだと思って、「おじさん、どうしたんだい?今度縄張りが変わったのかい?」と皆で尋ねると、「そうじゃねえけんどさ、ちょっと気が向いたんで来てみただけさ」と、何となく照れくさそうに答えた。
チビおでんの本業はおでん屋かと思えば、本当は染屋の職人だという人もいるし、大工だという人もいる。
実際はどうなのかよく分からなかったが、私達にとっては「チビおでん」はおでん屋が一番似合っていると思った。
「チビおでん」はもうひとつ「八木節」の名人という顔を持っていて、色々な祭に合わせて催される「八木節大会」では、いつも抜群の成績を出していた。
「おじさん今頃来たってダメだよ。俺達さっき三田さんから買って食っちまったよ。もう少し早く来れば良かったのに」と言うと、「それじゃあ向こうに悪いよ。お互い商売なんだからさ」と、答えるのだった。
三田さんはおでんの他にシュウマイも売っていて、服装も屋台も清潔だったが、「チビおでん」の屋台は長年の年季がしみ込んでいるために、全体に黒茶色だったから、何となく汚らしかった。
それでも少し濃い目の味は相当に美味しいので、子供だけでなく大人にも結構人気があったのだ。
私達とオダを上げている内におでんの匂いが届いたのか、チラホラと器を持ったお母さん達が晩飯のおかずにしようと、通りに出て来たのを見て、「かえろかえろ、カラスが鳴くから帰ろ」と口々にはやしながら、皆めいめいに家路についた。http://www.atelierhakubi.com/
まだ日のある内に引き上げていった「おでん屋」の三田さんのあとに、いつになく「チビおでん」が屋台を引っ張って緑町に入って来た。
「チビおでん」は五十部から今福にかけてを流しているので、こっちの方にはめったに顔を見せない。
珍しい事もあるものだと思って、「おじさん、どうしたんだい?今度縄張りが変わったのかい?」と皆で尋ねると、「そうじゃねえけんどさ、ちょっと気が向いたんで来てみただけさ」と、何となく照れくさそうに答えた。
チビおでんの本業はおでん屋かと思えば、本当は染屋の職人だという人もいるし、大工だという人もいる。
実際はどうなのかよく分からなかったが、私達にとっては「チビおでん」はおでん屋が一番似合っていると思った。
「チビおでん」はもうひとつ「八木節」の名人という顔を持っていて、色々な祭に合わせて催される「八木節大会」では、いつも抜群の成績を出していた。
「おじさん今頃来たってダメだよ。俺達さっき三田さんから買って食っちまったよ。もう少し早く来れば良かったのに」と言うと、「それじゃあ向こうに悪いよ。お互い商売なんだからさ」と、答えるのだった。
三田さんはおでんの他にシュウマイも売っていて、服装も屋台も清潔だったが、「チビおでん」の屋台は長年の年季がしみ込んでいるために、全体に黒茶色だったから、何となく汚らしかった。
それでも少し濃い目の味は相当に美味しいので、子供だけでなく大人にも結構人気があったのだ。
私達とオダを上げている内におでんの匂いが届いたのか、チラホラと器を持ったお母さん達が晩飯のおかずにしようと、通りに出て来たのを見て、「かえろかえろ、カラスが鳴くから帰ろ」と口々にはやしながら、皆めいめいに家路についた。http://www.atelierhakubi.com/