アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161214 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161214

 【晴】
 末広劇場が連日超満員の盛況なのは、大長編映画「忠臣蔵」が上映されているからだった。

 全編4時間余を「花の巻」と「雪の巻」の2編に分けて、当時第一線の俳優陣が総出演して巨編という事で、学校でもその話でもちきりだった。

 既に観てきた奴らは、口から泡を飛ばしながら次々と名場面を語って聞かせ、まだ観てない奴らは、一日も早く映画館に行きたいと、そればかりを願っていた。

 我が家でも父母をはじめ、兄や姉達までもが大騒ぎだったので、ある夜一家総出の映画見物となった。

 早目の夕食のあと、私達は大挙して末広劇場に向かった。

 父と母、三人の兄と兄嫁、そして姉二人と私と弟、そしてハルさんとヒロやん、モトさんにヨッさん、あとは町田の叔父叔母と那須の叔父の総勢17名だった。

 ヒロやんは映画を観る前から物凄く興奮していて、映画館への道すがら両腕を捲り上げ、行き交う人を睨みつけて、まるで自分が討入りをするような剣幕だった。

「ヒロッ、今からそんなに力んでちゃあ、映画観る前にへたばっちまうぞ。何もおめえが討入る訳じゃねえんだからよ」

 ハルさんが苦笑いしながらヒロやんに言った。

「分かってるんだけどよ、何だか武者震いがとまんねえんだよ」

 ヒロやんは本当に頭がおかしくなってしまったらしく、ぐるぐる廻ってみたり、電信柱に抱きついてみたり、他の人達のように真っ直ぐに歩けないようだった。

 長兄の嫁はそんなヒロやんがおかしいと、ずっと笑いっぱなしだった。

 映画なんかめったに観た事もないし、ましてや「忠臣蔵」を観られる今日のヒロやんが、少し気が狂ったようになる気持ちが、私には何だかよく分かった。

 ヒロやんの稼ぎは、ヒロやんのおふくろさんが直接受け取りに来てしまうから、ヒロやんが使える小遣いなんて、たばこ銭が目一杯なのだ。http://www.atelierhakubi.com/