あまり照明の効かない所で、蓋を探していた。
手のひらにすっぽり収まるくらいの、そんなに大きくない蓋だ。それも2つ。
片方は黒く塗られていて、それで区別ができる。
手の内から転げ落ちてしまって、そのままコロコロと転がっていって。
薄暗くて視界が効かないものだから、四つん這いになって、
弱い照明で微かに見える影の形を頼りに、手探りで探している。
何せ、床にはそこいら中に物が転がっているものだから。
早く見つけないと。
近くで人のようなものが3人くらい、何かを囁き合っている。
なんだろう、天使?
そんな風に自分には感じられた。きっと人ではない、白い服を着た、
少女?だろうか。
彼女たちはこの場所の管理をしているように感じられた。
全ては感じられただけで、自分の想像でしかないかもしれないけれど、
自分たちは彼女たちに支配されているらしいと、そう感じた。
時間切れだ。もう寝ないと。
結局蓋は見つからずに、諦めて寝床へ入った。時間厳守だ。
まあ、あの人たちがきっと蓋を見つけて、締めておいてくれるだろう。
その頃には気持ち的にもきれいすっぱり諦めて、窮屈な寝床で目を閉じた。
棺桶のように思えた。
棺桶の中に等身大のクッションが2つ入っていて、
どうもここでは、それに挟まって寝るらしい。
クッションは柔らかいけども如何せんボリュームがあって、
そのお陰で、クッションに挟まれてギュウギュウな状態で寝る羽目になる。
そうしていると、何やら物音が聞こえた。
夜な夜な廊下を見回っている彼女たちだろうか。
すーっと、まるで幽霊のように廊下を滑っていく彼女たちの姿を想像して、
少しばかり背中が薄寒くなる。
ふと、棺桶のすぐ外で囁きが聞こえた、ような気がした。
ああ、呼びにきた。やめてくれ、と心の中で返す。
自分はこの棺桶から出るつもりはないのに。少なくとも、夜の内は。
そんな願いも虚しく、ゆっくりと棺桶が動き始める。
いや、これは錯覚かもしれない。
横になっていたはずの身体が縦になって、
いつの間にか両腕は上へ突き出された格好になっている。
窮屈なクッションに挟まれたままなのに、そんなわけあるか。
きっと、これは錯覚なのだろう。
『 』
声にはなっていないのに、なぜか言っていることが分かった。
いやだ、いやだと思うのに、不思議とその囁きには惹かれるのだ。
やめてくれ、溺れてしまう。
このまま、底の無い棺桶に沈んでしまう。
両腕を上へ突き出して、これじゃあまるで、
水中で助けを求めているかのような格好だ...
ああ、ほら見ろ。
いつの間にかクッションなんて消えてしまって、
棺桶の中には水が満ちている。
垂直に立つ棺桶の中で、底の無い暗闇の中へ沈んでしまいそうだ。
ごぽ、と口から漏れた泡が水面へと上がっていく。
外の君は笑っているらしかった。
それが少しばかり悔しくて、
ささやかな意地とばかりに、狸寝入りを続けてやろうとするのだけれど、
彼女は痺れを切らしたらしくて、いつの間にかぽっかり空いていた棺桶の穴から手を伸ばしてきて、自分を引き上げた。
ぷは、と大きく息を吸い込んで。
悪戯っぽく笑う彼女を睨んでやったけれど、彼女は全く気にした様子もなく。
その美しい尾鰭をゆらゆらと揺らしながら、また何事かを囁く。
それに自分は少し慌てて、隣のやつが起きるだろ、と耳打ちしたけれど、
残念ながら時すでに遅し。
隣の棺桶に入っていたやつが、むっくりと起き上がって、
こちらを見ながら、眠気まなこでしぱしぱとまばたきをして。
棺桶から這い出した頭からずぶ濡れの自分と、宙を泳ぐ人魚の姿を見て。
「きみは相変わらず、ぼくの理解から遠いところにいるね」
素気なく、でも口元に「しようがないやつだな」みたいな微かな笑みを湛えて、
それだけ言って満足したのか、またすやすやと寝てしまった。
人魚はくすくすと、音にならない声で笑っている。
それに対して、しようがないだろ、と自分も呆れたように笑って。
人魚に誘われるまま、棺桶を抜け出して、
密かな夜の冒険へと出かけるのだ。