「きっと、彼も言っていたでしょう?」

 

上司は少し困り顔だ。

上司は自分を拾ってくれた恩人で、その前からも、色々とお世話になった人だ。

上司の役に立ちたいと、その気持ちを抱いて上司の下へやってきた。

だから、上司を困らせるようなことは、極力したくない。

 

したくないと、そう思ってはいる。

いるが。

この一件に関しては、妥協しようと色々努力をしてみたけれど、

どうにも、自分にそれは無理なようだと、そう結論付けたのが数日前のこと。

 

考えないようにしてはいたけれども、

脳内のどこかでは引き摺って、未だに整理整頓を試みていたらしい。

だからこんな夢を見たんだろう。

 

「私のことを嫌いだ、と」

 

上司は沈黙した。

肯定と捉えて良さそうな沈黙で、特に感慨もなく、自分は続ける。

 

「私にとってもその方が有り難いです。顔を合わせなくて済むなら、その方がいい。

実際、彼は何もしやしないでしょう。そんな奴のお世話は御免です」

 

大人だから、我慢するべきかと少し考えた。

相手は成人していてもずっと年下で、大人気ないと言われても仕方無い。

これでも考えたのだ、一応。

上司はチームの和を大切にしている人だ。

自分達の些細ないがみ合いで、職場の雰囲気を悪くするようなことにはしたくない。

したくないと、常々思っている。

 

我慢をしろ、と。

自分に言い聞かせてきた。

内心でクソガキがと暴言を吐きながら、表面上の付き合いをしろと。

考えたところで、そんな器用なことができる人間じゃないのは解りきっているのに。

感情を隠すのは、割と苦手な方だ。

苦手な人に対してはまず話し掛けないし、より長く話そうとしないし、目も合わせない。

だからとっても判り易い。隠すなんて、そんなの、まず無理だ。

 

だから。

はっきりと「嫌いだ」と、言って欲しいから。

こんな夢にまで見る羽目になってしまった。

 

いつぞやの日記にも書いたような気がしなくもないが、

嫌いだ、とはっきり言われた方が有り難いのだ。

そうすれば、お互いに妙な空気を気にする必要もなくなる。

 

 

許す努力はしたのだ、一応。

自分が考える、人としてやってはいけないことの内の二つをやったと思っているそいつを、

どうにか許せはしないかと、いや、許すことはできなくとも、妥協の一つでもしてみせろと。

 

まあ、無理だったけどな!

 

ここまでくると意地だというのは、自分でも解っている。

こういう余計な意地を抱えているから生きづらいというのも承知している。

けれども、自分が自分である以上は、

黒鉛筆という一人の人間である以上は、

ここは譲りたくないところなのだ。

こういう妙なところで発揮される面倒臭さが、自分である所以の一部なのだと、

近頃は思っている。

 

うむ、こうして自身を正当化する辺り、着々と頭が固くなっている証拠だな。

 

それはさておいて、ああ、本当に。

正夢になってくれないかね。

その方が余程、清々する。