お部屋の隣に共通実験室がある。
既に鍵が掛かっているその部屋の扉を開け、電気を点けた。
奥にあるインキュベータの所まで行き、振っていたフラスコをカゴに取り出していく。

思い出した。
大学へ行って楽しい思いをして、束の間忘れていたことを。
電気の点いていない理由。
鍵が掛かっている訳。
こんなことは今まで無かった。

どんなに遅い時間でも、この共通実験室へ来る人達が居た。
ヒーロー様はいつでもお部屋と実験室を往復していた。
ピンク先輩は昼夜関係無く現れた。
そしてもう一人。

唐突な知らせだった。
憤りのあまりに、意味も無く自分を傷付けた。
手頃な物が近くに無かったから、破壊衝動を自分へ向けただけだ。

あってはならないことが起きた。
あまりに理不尽な判断に、お部屋の誰もが唖然とした。
当然考えた通りになると思っていたのに、事態は全く反対の方向へ動き出した。
だから、
あの人は去る決意をしたそうだ。

自分には解らない。

ちょうどその日の朝、話をしたばかりだった。
共通実験室に用があるついでに、偶にこちらのお部屋へ遊びに来てくださった。
兄上様や幹事様と親しかった。

フラスコを並べながら、電気を点けた時の違和感を改めて思い出す。
ヒーロー様もピンク先輩も、もう居ない。
遅くまで残る人間は、自分の周囲では自分だけになってしまった。
そこに時折、孤独を感じる。
だからこそ、帰りが遅くなった時の共通実験室の明かりは何となく嬉しかった。


疑念と憤りと悲しみと、憎しみがぐるぐると回る。
あまりに理不尽な結論。
ヒーロー様がラボを離れた本当の理由。
諦めたように、けれどはっきりと仰った兄上様の言葉。
お二人が自分に話してくださったことはとても感謝している。
一方で、それはとてつもなく重い。

思い出す。
…また、失うのか。

そう思うと、恐れずに居られない。
憎みたくはない。けれど憎まずには居られない。
自分にはもう、あの人を追い詰めた人々とこの先一緒に仕事をしていける自信が無い。


そんなに長く生きちゃいないが、世の中、理不尽なことが罷り通ることはよく知ってる。
真面目に生きてる人ほど、馬鹿を見る。それが当たり前のこの社会だ。
そんな世の中でも、なるべく真面目に生きていたいと思った。
報われなくとも、きっとそれが誰かの為になるんだと、そう教わってきた。

けれど、これじゃああんまりだ。
あんまりに過ぎる。

あの人がこれまで真面目に積み重ねてきたことは、一体何だったのか?
そう疑問を抱かずには居られない。
理不尽が罷り通る世の中に、恐怖を感じずには居られない。


そんなことを考えながら、共通実験室の電気を消して、鍵を掛けた。