『どうしました?』
彼はいつもそう尋ねてくる。
向かい合った椅子に座る彼は酷く落ち着いていて、物腰の柔らかい人物だった。
人物だった、というのは、自分が彼の名前を知らないからだ。
「仲間がひとり、死にました」
『どうして?』
薄いグレーの混じった髪の隙間から覗く、空を映した水面のように透き通った瞳。
見憶えの無い顔、聞き憶えの無い声。
けれど、彼はいつもここに居る。
「戦争で…銃弾の雨に打たれて、死にました」
彼のことは、こうして会うまで憶えていない。どうやら別れる度に忘れてしまうらしい。
しかし、彼のことは知っていた。そして彼は会う度に同じ質問を繰り返すのだ。
どうして自分はそんなことを知っているのだろう。
そして、どうしてそれをいつも忘れてしまうのか。
『貴方の所為ではありませんよ』
<BLUE>は目を開いた。
<INDIGO>の死から、4日が経っていた。
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リノリウムの廊下を、<GREEN>と<BLUE>は並んで歩いている。
人気は無く、2人の足音だけが響く。
「ホントにもう大丈夫なのか?」
「ええ、御心配お掛けしてすみませんでした」
<GREEN>の言葉に、<BLUE>がいつもの笑顔で返す。
しかし、<GREEN>は素直に喜べなかった。
「その格好でその台詞は、ちょっと説得力無いんだけどなぁ…」
そ、そうですか、と<BLUE>は慌てて自分の身体をスキャンする。首筋や腕など、服で隠れていない部分に捲かれた包帯・ガーゼの類を確認し、急に思い当たったように左の頬に手をやった。
顔面の左半分に、白く分厚いガーゼがぴったりと張られ、テープで固定されていた。
「そう、そこもな。全く、この100万Vの笑顔に銃口向けるとは、奴等イイ度胸してやがる」
「ボルト?すみません、どこから電圧の話になりましたっけ」
「もういい、何でもない。お兄さんは悲しいよ」
<GREEN>は苦笑すると、疑問符を浮かべる<BLUE>を促して再び歩き始めた。
オフホワイトの空間が続く。
午後の眩しい陽射しは、ブラインドによって適度に抑えられている。
平穏そのものといった気配に、<BLUE>は違和感を抱かずにはいられなかった。
―――あれは、現実だったんだろうか。
「lactom地区からは外された。まあ、当然だけどな」
<GREEN>の言葉が、<BLUE>の思考を引き戻す。
見透かしたような言葉に<BLUE>は<GREEN>の方を窺ったが、他意は無いらしい。<GREEN>は前を向いたまま続けた。
「お次はlappだとさ。ったく、こき使ってくれやがる。…早々だけど、いけそうか?無理なら正直に言うんだぞ。俺がリーダーにゴネてやる。ゴネまくってやる。日頃の恨みだ、日頃俺をシカトし続けてる報いを受けさせるべきだ」
「あ、あの、僕なら本当に大丈夫ですから。十分過ぎる程のお休みを頂いたので」
「そうか?…なら、まあ良いんだが」
その後暫く、2人は他愛無い話をした。<ORANGE>の口がちゃんとあったとか(負傷した際にマフラーが外れた結果、確認されるに至ったらしい)、<YELLOW>が極度のホームシックに陥って慰めるのが大変だったとか、<VIOLET>のファンクラブが出来たとか。
それらは恐らく、<GREEN>の<BLUE>に対する気遣いだったのだろう。
<BLUE>はそのことに感謝しつつ、その気持ちを裏切ることに幾分かの罪悪感を覚えた。
しかし、彼は訊かない訳にはいかなかった。
「greenさん」
「うん?」
エレベータに乗り、緩やかに降下を開始した箱の中で、<BLUE>が口を開いた。
ほんの僅かな躊躇いの間を置いて、彼は続ける。
「身近なヒトの死を目にしたことは、ありますか?」
「あるよ」
<GREEN>は躊躇わなかった。返答の早さに、<BLUE>は思わずといった様子で目を見張った。
<GREEN>はその時の光景を思い出しているのか、壁に背を預けて目を瞑っていた。その横顔から感情は読み取れない。
「Ionの、おとうさん。…俺を造ってくれたヒト」
とすると、彼は俺自身にとっても父親である訳か、と<GREEN>は内心独りごちた。他人事のように。
すみませんでした、と恐縮して謝る<BLUE>に対し、<GREEN>は首を振った。
「気にしなくていい、嫌だったら話してないよ。それより、どうした?いきなりそんなこと訊いてさ」
「その、…僕にとっては、初めてでした」
「winkerのことが?」
「はい」
可哀想だったな、と呟くと、<BLUE>は救いを求めるような目で<GREEN>を見上げてきた。
思わず詰まってしまう。自分の中で漸く消えかけていた感情が呼び起こされるのを、<GREEN>は強制的にシャットアウトした。ここで自分まで感化されては、<BLUE>が一層苦しむだけだ。
一瞬の当惑を嘆息に変えて、<GREEN>は詰めていたものを緩やかに吐き出した。
「なるべく考えないようにするんだ。人間であれ機械であれ、死んだ奴は生き残った奴にとり憑くからな」
「…亡霊の話ですか?」
「そうだよ。俺は亡国の人間共にとり憑かれてる。王国の人間は先祖の御霊とやらに、帝国の人間は今迄殺してきたmob共に祟られてるのさ。…そして、お前さんはwinkerにとり憑かれたって訳だ」
<GREEN>の意図が摑めずに、<BLUE>は顔を顰めた。
まるで<INDIGO>を侮辱するかのような口振りに思えたからだ。
「兄弟や親友を目の前で失った兵士を想像してみるといい。身が竦んで動けなくなるか、逆上して暴れ出すか、どっちかだ。親友がそいつにとり憑いたからさ…恐怖、又は復讐心っていう形でな」
別に忘れろとは言わない。ただ、必要以上に思い出すべきじゃない。
いくら死んだ奴の為に頑張っても、もうそいつは死んでるんだ。
その事実は覆らない。
<GREEN>の言葉を、<BLUE>は頭の中で何度も反芻した。脳に刻み込むように、何度も、何度も。
エレベータの機械音が、目的階への到着を告げていた。
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あれ、なんか色々なことを端折り過ぎてる気がするぞ。
プロットで書かれていた情況説明が皆無に…!んと、ええと、想像にお任せしよう。←
中途半端ですが、これ以上拘るとGW中に一話もup出来なさそうな恐怖を感じたので諦めてup。
因みに、<BLUE>の身体が何だか悲惨なことになってますが、包帯etcはくっつけたばかりの有機質の皮膚や筋肉が崩れないように保護・固定する為のもので、その下の傷は完治済み。