胸の内で、小さく嘆息した。それだけだ。
大した動揺は無かった。表情にも出なかっただろう。
この電車が所沢に停まらないことを、すっかり失念していた。
東村山で降りて、すぐに下りの電車に乗れば間に合うだろう。そこまで時間は押していない。
所沢駅のホームが後ろへと流れていくのを、静かに見送った。
暫くして、東村山駅に到着する。
ホームに降りて、連絡通路の階段を登り、所沢方面行ホームの案内板に従って階段を降りた。
既に電車は到着しているようだ。階段を降りる足を速めた。
見慣れない、白い車体の電車がホームに停車している。
おや、と思ったのは、ホームの両脇に車両があったことだった。どちらが先発なのだろうか。
そこで、左側の車両は扉が全て閉じていることに気が付いた。恐らくは降車専用だったのだろう。ならば右手の車両かとそちらに足を向けたが、やはり扉は閉まっている。
これはどうしたことだ、と少々不安を感じながらも、ホームの先へと歩いていった。
気が付くと、電車の車両自体が消えて、喫茶店のカウンターのようになっていた。しかし空いている席は無い。どこか空いていないだろうか、そろそろ時間が心配になってきた。
焦る気持ちを抑えて歩いていた所で、漸く空き椅子を見付けた。両隣に人が座っているが、仕方が無い。
失礼、と一言断って、入れてもらうことにした。
先に座っていた、周囲の人々が振り返った。皆、それぞれが少なからず驚いた顔をしている。
自分は恐縮して、肩を竦めた。
「御迷惑でしたか。隣の駅ですぐに降りますので」
「いや、構わないんですけどね。ただ、この辺、内輪ばかりだから」
隣の人は、そう言って愛想笑いをした。首からカメラを提げている。
その人だけでなく、近くに座っている人々は皆、各々カメラを持っているようだ。
「ひょっとして、カメラのプロの方々ですか」
「会社をやってるんですよ。カメラの」
「それは羨ましい」
素直に思ったことを口にした。憧れの眼差しを向ける。
「私は顕微鏡が好きなんですよ。ここ暫く覗いていない。ああ、早く顕微鏡を使いたい」
「それは我々としても嬉しい。研究ですか?頑張って下さい」
「ありがとうございます。では」
手を振り、人々を見送った。彼等は手を振り返してくれた。
いつから顕微鏡に触っていないだろう、と回想して、酷く淋しく感じた。
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欲求不満を顕著に示す夢オチ。
本当に、いつから触っていないんだろうか。この先触る機会はいつ来るんだろうか。
顕微鏡が好きだから理系に入って、大嫌いな遺伝子がテーマでも顕微鏡が好きだから頑張れると思ったけれど、今となっては顕微鏡からも離されてしまって、どうしようもない。
今は、実験をしている時だけが楽しい。実験があって良かった。
実験が無かったら、何もない。