エレベータの前で待つ人物を見て、はてなと記憶の箱を漁った。
あちらもこちらに気が付いた。声を掛けてきた。そう言えば人懐っこい奴だったっけ。
「久し振り」
「ひさき…だっけ?」
「違う違う」
彼は笑って手を振った。「 」だよ、と言われたその単語が解らない。
そんな名前だったっけ、と首を捻った所でエレベータが到着した。友人と一緒に乗り込む。彼も乗った。
「何処で降りる?」
「3階」
「3」と「5」のボタンを押すと、緩やかに扉が閉まった。重々しい箱が重力に逆らって上昇を始める。
腕時計を見た。既に授業には遅刻している。内心舌打ちした。
3階を示すランプが点灯して扉が開くと、彼は「じゃあ」と短く手を挙げて箱から出て行った。
その後に友人が続いたのには驚いたが。
「ちょい待ち、まだ3階だよ」
「あれっ?ホントだ」
くるりと反転して戻って来た友人を扉が容赦無く挟み込もうとしたので、慌てて「開」ボタンを押した。
こんなにも閉まるのが早かったか、と違和感を覚えつつ、エレベータの箱は更に上へと自分達を運んで行く。
5階へ着くと、正面に教室が見えた。扉が少し開いている。
講義は既に始まっているようだ。先生の声が僅かに漏れて聞こえてきた。
聞き覚えのある、凛とした女性の声だ。
こっそりと教室に入り、空いている席へと滑り込んだ。先生がちらりとこちらを見たような気がする。
自分が萎縮して目を逸らすと、隣に座っていた人物が目配せをしてきた。
こちらも懐かしい友人だ。確か、いつも呼んでいた渾名があった…先程とは別の記憶の箱を叩く。
思い出せないまま、授業が何やら作業を行うことになった。近くの数人でグループを作り、それぞれ作業に取り掛かる。知った顔が数人あった。
「何をしろって?」
「これを塗るんだって」
遅刻して殆ど話を聞けていなかった自分に、友人はやや呆れを含んだ微笑で応えた。
そう言えば彼女はいつも優しい笑顔の人だった、とまた少し思い出す。
彼女は、バラの花に形作られた白い桜紙をこちらへ軽く投げてきた。
塗ると言っても、着色するものは墨しか無いようだ。適当にその辺りにあった筆を取った。
「スーツ汚れちゃってるよ」
「ああ、これ。どうせ黒だし、目立たないから平気平気」
白い紙の造花を黒に塗り潰していく。墨をうんと薄めて、灰色にしたりもした。
乾いてから教室の中央に持って行った。既にモノトーンの造花の山が出来ていた。
灰色のバラ。黒のバラ。白いままのバラ。
「でも、入学式なのに黒と白なんてさ…何だか縁起悪いね」
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最近は学校関係のごちゃ混ぜな夢をよく見ると言ったと思うんですが、その最たる例がこれ。
舞台は大学。最初に出てきた「彼」は中学の友人。間違って降りた友人は大学の友人。教室に居た「彼女」達は高校時代の友人。何なんだこのミックス感は。
ただ、思い出すきっかけにはなりましたが。特に中学時代の奴は思い入れのある友人。
今の自分を形成する上で全ての土台となったものを教えてくれた人。
あいつ、元気にしてるかなぁ。