部屋から少し突き出た一角に、小さな水槽が置かれていた。透明な水の中に3匹の金魚がいるのが見える。
水の向こうに、後ろにあるブラインドの隙間から覗く庭が見えた。
「金魚飼ってるんだ」
「うん」
頷きながら、彼は私の前にカップを置いた。黄色と黄緑の花があしらわれた、可愛さをちょっと抑えた感じのものだ。ありがと、と言って手にとる。じんわりと温かい。
もう片方の手にしていたカップには、群青色の夜空が描かれている。物語の挿絵に出てきそうな雰囲気。
2つのカップから淹れたてコーヒーの良い香りがする。
カーテンから射し込む白い光が、目に眩しい。
彼のいる方が窓に近いから、彼の方を見ると尚更だ。私は視線を手元に戻した。
「前に住んでたアパートの隣に住んでた子からもらったんだよ」
彼はそう説明して、向かいの椅子に腰掛けた。
「可愛いね」
「そうかな」
彼の視線が金魚の方へ行く。コーヒーを啜りながら、私もつられて視線を動かした。
ブラインドで光が抑えられているので、こっちはあまり眩しくない。
橙味の強い赤色の、丸っこい体。黄金に輝く目玉の中に塗りたくられた真っ黒い黒目。
キョロキョロと忙しなく目玉が動き、一方で尾鰭は優雅にゆらゆらと揺れる。
底に敷き詰められたライトブルーの色硝子は、ブラインドから漏れる日光を反射して宝石のようだ。
「水草は入れないの?何だか寂しい」
「すぐ汚れちゃうからね」
「じゃあ、プラスチックの作り物を入れたら?」
「ニセモノは嫌いなんだ」
そう言って、彼はゆっくりとカップを口に運んだ。
ふうん、と頷いて私はまた水槽を見やる。
エアーから出る細かな空気の泡が水面に向かって昇っていく。
辿り着いた所で水の上を少しだけ走り、消えてしまう。
海の中にいた時のことを思い出した。
海の底からは、昇っていく泡の一つひとつが煌いて、殊の外美しかったっけ。
モーターの振動音がその存在を主張するかのように、さっきから小さく低く響いている。
「でも、砂利石はニセモノじゃない?」
「ふふ、確かにそうだね」
「でも綺麗よ」
3匹が横一列に並んで、しきりに壁を叩いている。
何かを訴えているかのような口の動きがまた愛らしい。ぷ、と小さく吹き出しておいた。
「餌が欲しいって」
「ダメだよ。さっきあげたばかりなんだから」
ダメだって、と呼び掛けても3匹は相変わらずだ。
食いしん坊め、と彼が笑った。
「可愛いね」
「そうだね」
惹き込まれるような青い砂。壁のある世界で生きる、赤くて小さな愛玩物。
世界が引っ繰り返ってるみたい、と思った。
* * *
唐突に金魚ネタが書きたくなった。…ポニョの影響か?(観てないけど)
何かタイトルが絵画っぽいな。思いつかなかったんで適当に。
海の底から見える泡がどんだけ美しいかは、松任谷由美さんの「ダイアモンドダストが消えぬまに」を聴くことをオススメする。