昨晩の件もあってなかなか寝付けないまま、とうとう夜が明けてしまった。目を擦りつつ窓の外を見やると、森には薄く白い霧が漂っている。

緑青は、ふるりと身体を震わせて毛布を引き寄せた。今朝は少々冷え込んでいるようだ。


暫くしてとんとんとん、と階段を降りてくる足音が聞こえたかと思うと、いきなり部屋の扉が開けられた。


「、あ、……お、おはよッス」

「…起きてたのか」


少し驚いた顔をして部屋に入ってきたのは、勿論***。昨晩ここへ来た時と同じ様な出立ちで、上着を一枚掛けている。やっぱ右目が隠れてるとインパクト違うな、と緑青は思った。あれはかなり強烈だった。


「2日間殆ど寝たきり状態だったから、何だか寝付けなくて」

「そうか」


***の返事は相変わらず素っ気無い。少しは気を許してくれたかと思ったが、なかなかそう上手くもいかないらしい。

彼は昨日よりやや小さめの荷物から空のボトルを取り出すと、水場で適当に水を入れて外ポケットに突っ込んだ。昨晩は曝けていた腕や右目を覆っている辺り、また何処かへ出掛けるのだろうか。


「なあ、どっか行くの?」


こんな朝早くから、という意味も込めて緑青は訊ねた。


「…怪我人が居るんじゃ仕方ないだろう。近くの町へ行って何か食料でも買ってくる」

「え?!なんっ、何で??」


五月蝿い、とでも言わんばかりの視線が一瞬こちらに向けられ、緑青はそれだけで竦み上がる。


「ここへ来たのは一昨日と言ってたか?どうせろくな物食べてないんだろう。ここにあるのは保存用の固形ブロック位だからな。…早く治りたければ栄養のある物食べて、大人しく寝てろ」


(仰ることは正しいんですが…)



一つ、気になることがあった。それは、昨日初めて会った時から、ずっと。



「でも…」

「何だ」


***は心底煩わしそうに応じた。仕方ない、腹括るか。


「あー、その…間違ってたら、ホント申し訳無いんだけど…」

「さっさと言え。何だ?」


はいはい。



「……脚、悪いんじゃないか?」


左の。

だから、俺なんかの為にそこまで無理してくれなくてもって、思ったん、だけど。


……。

こちらに背を向けて荷物か何かを整理している***の動きが、ぴたりと止まった。…またやっちゃいましたか、俺!?


「ああ!だ、だから、ままま間違ってたらごめんって…!!」

「何故わかった?」

「ゴメンナサイスイマセン何でもな……って、…え?」


俺の異常な慌てぶりを見たのか、こちらを振り返った***はそこで初めて、くっと小さく笑った。


「え??」

「…正確ではないが、当たっている。確かに、左脚は人工骨で補強しているから少々動作に癖があるな。尤も、それが運動上の問題になることは無いし、身体的な負担も無い。…悟られないように努めてきたつもりだったが。よくわかったな?」

「あ、ああ……なんとなく、だけど」

「今迄、俺が話さない限り気が付いた者は居なかった。やはり森の民はそういう感覚にも優れているんだろうな」

「…ど、どうなんだろ?」


何となく、違和感を感じてただけだけど。普通の人は感じないんだろうか。


「つまりそういう訳だ、俺の脚に関して心配することは何も無い」

「…はあ。でも、こんな山と森だらけの場所で…近くの町って、どの辺にあるんだ?」

「この森を抜けた少し先だ。ここから10kmちょいって所か」

「は?!イヤちょっと待て、遠くねぇ!??」

「いちいち大声を出すな。森を抜けるから少し遅くなるが、昼頃には戻れるだろう。じゃあな」


そう言って、彼はさっさと出て行ってしまった。

霧のかかった薄暗い森の中へと臆することなく入って行く彼の後ろ姿を見て、緑青は一種の感動すら覚えた。


(そーだよな、考えてみりゃあの人、昨日もあの真夜中に森ン中歩いてここに…)


……。


(どんだけ精神強いんですか。っつーかどんな神経してんだよ…)


確かに人間じゃ無いかも、と緑青は思った。






さて、どうしようか。

***が行ってしまってから、緑青は再び寝転がった。


***は大人しく寝ていろと言っていたが、昨日一昨日とほぼ一日中横になっていたのだ。昨晩は寝付けなかったとはいえ、流石に眠気は湧いてこない。寧ろ先程のやりとりで目が冴えてしまっている。

ごろごろと体勢を変えては目を閉じてみるが、効果は一向に期待できそうになかった。


(暇だ…軍に居る時は、これっぽっちも暇なんて無かったのに)


仰向けに寝転がって、緑青は天井を見つめた。しん、と辺りは静まり返っている。…耳が痛む程に。



―――ここはまるで別世界だ。



澄んだ青い空。緑と土のにおい。窓を開ければ心地良い風が吹いてくる。

懐かしい、故郷のpeaceoakleに帰って来たようだ。


あれから、村はどうなったのだろう。無事に復興したのだろうか。森は戻っただろうか。山は息を吹き返しただろうか?風は昔と変わらず、村を護ってくれているのだろうか…。


つい先日まで、戦場で血と硝煙の臭いに塗れていたのが嘘の様に思える。

ここでは耳を劈く爆音も、胸を裂く悲鳴も聞こえない。



(…あー、やだやだ)


頭を軽く左右に振って、緑青はゆっくりと起き上がった。何もしていないと、嫌なことばかりが延々と頭に浮かんでくる。

しかし、一体何をしようか。


そう思って、ふと窓の外に目をやった緑青の頭に、ひとつの良い考えが浮かんだ。



*          *          *


設定書いた紙がどっか行った…!全力で探さんと!!(←必死)

レポなんか打ってる場合じゃねえええええ