この時間になるといっせいに
オレンジ色のブログが上がり
ミカン科
人参か
悩むのだ。
もっと新しいものに変えられないか
オレンジペーストのマーマレード
皮まで煮込んでドロドロと砂糖がペクチンによって
固まるまで。
まず
水に皮ごと3時間漬け込む
するとペクチンが溶けだす
そのまま砂糖を入れて煮込むとマーマレードができる
トーストと一緒に食べると美味しい。
この時バターを塗るのが私は好き。
この時間になるといっせいに
オレンジ色のブログが上がり
ミカン科
人参か
悩むのだ。
もっと新しいものに変えられないか
オレンジペーストのマーマレード
皮まで煮込んでドロドロと砂糖がペクチンによって
固まるまで。
まず
水に皮ごと3時間漬け込む
するとペクチンが溶けだす
そのまま砂糖を入れて煮込むとマーマレードができる
トーストと一緒に食べると美味しい。
この時バターを塗るのが私は好き。
小学生のみなさーん元気ぃ?
さ今日もお勉強の時間になりました。
先生の言うことを良く聞いて
日本を代表する選手になるんだよ。
昨日はまたまたツンのやつが小便かけて行きやがった。
西郷どんと呼ばれて上野の駅に立ち
あの周辺で亡くなった霊を慰めているおいどんだが
上野の霊はなかなか強くてな
おいどんの周辺に集まってきては耳元で怪しげな声を
聞かせるものだ。
ツンと話していた携帯電話の雑音に「吐き気」のような声が
混ざっていた。ツワリの妊婦の声かと耳を澄ましたが
男のような悪霊的なホラー映画によく使用されるゴーストのうめき声のような
「吐き気」だった。
それをツンに尋ねると
「俺の周りにはいま人がたくさんいるからそのせいじゃないか」
私の記憶では常に閑散としている会社の廊下。
それが人混みのように人に取り囲まれているとは。
話は相変わらず「一緒に病院に行こう」を繰り返すばかりで
私は「暗い活動をしていると暗いものが寄ってくるぞ!明るい活動をしている人間にこんな陰湿なことを
仕掛けてきやがってなににおびえてやがるんだ」
と言ってやった。
だがしかし、「病院だ病院だ」と繰り返す。
病院とネットで言えばなんでも筒抜けになるという意味らしいが
私はこの方、糞ったれどもに「おめえは中学生だ!」と言ってからというもの
ついぞ、いままでくっついていた「ひと型の応援団」が「中学生」になったようで
それからというもの苦労、苦労、苦労の連続。
そうだった、あれから私の周辺がおかしくなった。
やっぱり最初のケチはあの時ついたのだ!と気がついた。
その事件から私は会話が筒抜けになってないと感じなかったことは1日だってない。
毎日誰かに筒抜けだと感じる日を過ごしてきた。
それを病気だとぬかすか。
病気ではない場合もあった。逮捕ってやつだ。
牢獄に監禁され、監視される毎日だ。
透明な箱に入った動物園の見世物小屋づくりの中に入っているような気分なのだ。
まあツンが言うように
逮捕監禁から病気で病院送りに変わったのかもしれない。
このブログは高山病にかかっているそうだ。
あのアルプスの少女ハイジのように高山に位置しているという。
なにをバカなことを言ってやがるんだ。
ツンに電話した後
昨日言っていた芸術家のもう一人に電話をしてみたが
電話を切られた。
ほほう。
この女がやはり一枚噛んでやがったか。
自分の病名を調べたに違いない。
愕然とし恐れをなしたのか。
健康を鎧にしてかぶっているような彼女がなぜ病気の仕事をしているのか
彼女はボランティア精神に富んでいる女性だからだ。
私のような俗物的な人間とは違い
高尚な理想を持ちアラブの砂漠には樹木の種をまく。
精神病にも詳しいと見えて
私が見た「ジャンボホタテ」の夢すら病名にあるという。
この人にかかったらどんな現代人も病気持ちに早変わりだ。
そういう彼女も背中を触ると岩のように硬くなった背中を抱えていた。
ははあ…
恐れ多くも、
私に言わせていただけるならそれは「副作用」というものではないか。
私の身体はほとんど「凝り」に苦しめられたことはない。
しかし引っ越してこの方
身体を思い切り伸ばして気持ちよく筋肉の柔らかさを感じたのはたった1日。
いまもまた伸びをしてみたが
手首やひじに「凝り」を感じる。
もはやこれはゆゆしき問題。
なにが「副作用」に現れるかといえば
○身体が凝り固まる
○眠らなくても平気な身体と脳
○文才
○結婚できない
このような特徴が現れるのだ。
なにが痴ほう症だ。
私が正しく書いてやった。
岩に所属している主婦がいればそれは
奇跡と呼ばれ「リングワクチン」などと重宝がられたのもわかる気がする。
私はと言えば
こんな話がまことしやかに広まるずーっと以前に
私を応援してくれていた人物からこんなことばをもらったことがある。
「きみはうちの会社は狭すぎるからニューヨークに行って仕事してみなさい。はやいほうがいい」
この言葉の意味が
お堅い会社に向いてないという意味だったか
それとも本当に私の才を見てそう言ったのかはわからないが
何年も経ち
いろいろな会社で仕事をするようになった時に再び偶然にお会いした時に
「君の仕事は全部チェックさせてもらっている。ずーっと見ているよ。最近はなかなかいいことを
書くようになった。あの言葉はよくできている」
と誉められた。
自慢話と受け取る嫉妬心の強い輩もいるだろうが
この何年かのちに聞いた言葉によって
まだ新人だった頃に私にかけてくださったことばが
「イヤミ」ではなく「推薦」だったということが
わかったのだ。
つい自分を過小評価してしまうが…。
そうやって何年もの間
見ていてくれた人がいたことが
いまのこのバカげた「仕事」
に対する無意味さを物語っているように思う。
こんなの仕事ではないだろう。
ボランティアというものだ。
おしまい