シシ肉がデリシャス。

PCワールドの狭きことよ。

まるでRPGのように尋ね歩く旅は

人という人生に触れる旅なのだ。


いい心ある人と背後に何か持っている人との違いは

明らかだった。

それぞれに独特の癖があり

心に裏が有る人間と

裏表なく対処しようとする人間の優しさ。


どちらの人間に誠実さを感じるか

あらためてなにゆえ私を巡る地雷が仕掛けられるような

卑怯で陰湿なマネがまかり通っているのか

卑怯で陰湿なものはやはりまかり通してはいけないことを強く実感できる旅になった。


そうか。あの会社が嫌われているのは

こんな裏側が有ったのか。


まずはPC以上に生身の人間に出会い

顔と顔を合わせて話をすることが何より面白いことがわかった。

前向きに検討しますという言葉が

わが社ではお断りの意味を現すと聞いて、

もはや全く意味不明…となったのは

去年のことだった。


前向きがお断り

後ろ向きに考えることが承諾するという意味は

どう理解するとそういう意味になるのか

わかる人がいますか。

論理的に説明できる人がいればぜひ説明してほしい。


こうしていままでの言葉の意味が

なんのことやらになっているとは

どちらが狂人と呼ばれるにふさわしいか。

みなさんお分かりになりますか。


私の中では

どんなに考えても

前向きに検討するということは

よい意味になる。

これから先に見える未来が切り開かれていくイメージに見えるのだ。

だからと言って背中を向けることが悪いことにはならない。

なにも語らず背中を見せて仕事を黙々とこなす姿も

時にカッコイイものだからだ。


なんの話をしているかって?

そりゃ精神科に3つ行ってみたということだよ。


精神科というのは嘘だがね。


3つは本当。


先生たちの姿勢と話しは次々に広がる心という世界の不思議を見せてもらいました。

私こそ、その次が見たくてまた出かけてしまう

この世のリアルなRPGの世界へ。


おしまい

世にもおかしな事件を5chと6chで仲良くシナリオ合戦している。

ということは、この二つのテレビ局に通じている何者かが、この広いブログワールドの中でバカな作り話を

書き始めたことを意味していた。

私が書いたメモ書きのあちこちをつなぎ合わせたような事件。

この事件が本当にあったことか、私は警察署に問い合わせてみることになるだろう。

ことごとくあいまいな情報に踊らされているのだと日本国民のあわれを垣間見てしまう。

毎日書いていたメモ書きで殺人事件の真相をああだこうだとでっちあげて行くマスコミ。

好意的に受け取れば、私がいま取り掛かったフィクションを手伝っているようにも見える。

「こんな風にミステリー仕立てにすれば、2時間ドラマで買ってあげてもいいよ」

ふたつのchが手を上げているようにも見えた。


ワイドショーのニュースは作り物。

と仮定してみればなんにもふしぎではない。

有名人が殺人現場に居合わせて犯人に仕立て上げられている例の事件もこうなってくると

真実はどこにあるのかと思えてくる。

私のごく近所に住んでいたあの人はとてもギラギラとしたオーラを放っていた。

我こそはキングオブキングと信じているあの強く前を向いた瞳。

ドラッグをしているような目つきだったと、いま思えば疑わしくも思うが

その罪に問われているあらゆる情報は本当のことだったのか?


今度は殺人事件を使って私のメモ書きをもとにシナリオを書いているのがヒシヒシとはっきり分かる。

これが思いすごしの偶然だと受け入れるとらくになるんだよ。

この世はそう思えば楽しく見えるし仲間も増えるんだってば。

なぜ…。

他の人たちは、こんなことがあるのか。

誰に聞いても「ない」と答える。

だから私が精神を病んでいる狂人だと言う理由になるのか。

(与えられた題材をもとにはやく書いてしまいなさい。できる限り協力するから)

アリエッティはどうやって書いたのか。

男の子の肩の上に乗って世界を見る小さな少女。

山という苗字がつく人は初めから「やま」を持っているようなものではないか。

だからなんだというのだ?

「山」がつく人間がみんなそんなに大きな人間か?

「大」がつく人間がみんな巨大な人間なのか?

少なくとも私が知っている「山」がついている皆さんは、決してのっぽの大男ではないし、

「大」がついているみなさんだって心が大平原のように広い人ではないよ。


名前が持つパワーはなにかあるのかもしれない。

けれど「海」がつくから「海」のように、全生物のルーツになったような人間だとは限らない。

私に言わせてもらえば、「なにそれ?」

やはり、その感覚がわからず受け入れようと突き付けられている事柄のあれこれが

まったくわからない。



おしまい


だとすると核など必要ないではないか。


核ではのちのちまで人間の体はむしばまれるし

せっかくの文化財まで破壊するばかりで

しかも汚染された地域には住めなくなるし

だとすればもう核はこの世に必要ないではないか。


人物を特定して攻撃を仕掛けられるとすれば

いつだって国の重要な人物を殺せると脅しているようなものだもの。

毎日毎日脅しているようなものだもの。

どんな殺し方だって可能になったようなものだもの。

だとしたら核なんて必要ないよ。


ありえないことがあり得る。

その速度たるや

その正確さたるや

ブログを書いた瞬間にあっという間にどこかの特定の人物のどこかに

影響しているのだもの。

それはスズメ1羽にも影響を与えるし

あっという間に世界中のスズメを特定の人物の家の前に集めることさえできるのだもの。

秋刀魚が泳ぐコースも変えられる。

それが当たり前の世の中で楽しい?


宝くじがまったく当たらなくなったのは

当たりの宝くじが入ってないからなのか

それとも人の幸運まで操作できるからなのか。

偶然に出会う人を特定できるのだとすれば

特定の人から幸運を排除することだってできるのでしょう?

まるで偶然の必然を偶然だと言い張っては受け入れてるふりをして

考えるのをやめた方が楽だと妄想の中で幸せになる。

現実が苦しいから妄想の中だけはハッピーな俺でいたいのよ。

ハッピーを感じると現実にもハッピーがやってくるのよ。

だからさ、はやく受け入れちゃいなよ。


痴ほう症の正体は

ローカルの情報ばかりになったということだった。

ここに引っ越した時に

あれ?こんなメッセージ出たかな?

と自分のPCに疑問を感じた。

長い間スイッチを押さないとインターネットに繋がらなかった。

あれ?こんなこといままであったかな?

なにかが短すぎてインターネットが繋がらない。

携帯電話もそうだった。

ある日繋がらないのでショップに行って聞いてみると

「長押しすると直りますよ」

地方症。


皆さん知ってましたか。

私初めて知りました。

情報のるつぼの中にいながら

綺麗な不正をしない私を大事にしていたから

そのようなことも知らずに生きていました。

急に電話がつながらなくなった友達は

私を捨てたのでしょうね。

それとも私がその友達を捨てたのでしょうか?



おしまい