ココハドコ? アタシハダレ? -78ページ目

ココハドコ? アタシハダレ?

自分が誰なのか、忘れないための備忘録または日記、のようなもの。

 

「男は35歳過ぎたら自分の後姿くらい見えてなくちゃダメだぜ」

 

ある時、と言ってもずいぶん昔だが5歳ほど年上の男性から言われた言葉である。当時私はまだ20代、彼も30代前半で35歳にはなっていなかった。ずいぶんとカッコいい言葉でそれは私の心につきささり、以来私は私なりに自分の後姿を意識しながら生きてきたと思っている。もちろん臆病者で小心者、どこにも男らしさなど持ち合わせぬ私は言葉のようにはカッコよく生きてきたわけではない。人間としていかに生きるべきか、そんな理想を追いながら、理想と現実の自分との間にある距離の大きさはよくわかっている。その距離だけは見失わないようにしつつ、かつ、誰でもするように自分に合った生き方、そういうものを少しづつではあるが身につけてきた、それだけの事である。

そして今、私に見える私の後姿は自分でも決してほめられたものではないが、それでも輪郭ぐらいは見えるようになった、そんな気がしている。いや、自分で自分の後姿が見えると言ったところでしょうがない。周りから見れば相も変らぬどっちつかずの中途半端な人間でしかないならただの自己満足、何の意味もないことだ。35歳などという年齢は、もうはるか彼方に飛び去って行ってしまったが、それだけは間違いようの無いことで、それを今更嘆いても始まらない。

 

 

 

   「生きている人間などというものは、どうも仕方のない代物だな。何を考えているのやら、何を言い

   出すのやら、仕出来すのやら、自分の事にせよ他人(ひと)事にせよ、解った例(ため)しがあった

   のか、鑑賞にも観察にも堪えない。其処に行くと死んでしまった人間というものは大したものだ。

   何故、ああはっきりとしっかりとしてくるんだろう。まさに人間の形をしているよ・・・・」

 

小林秀雄の「無常という事」のなかの一文である。「死んでしまった人間」とは歴史上の人物のことを言っているのだが、はっきりしてくる「人間の形」とはその人生を歩いた後姿の事ではないか。去りゆく死者の後姿を見送る地上の生者。

 

  「歴史には死人だけしか現れてこない。従って退っ引(のっぴ)きならぬ人間の相しか現れぬし、

   動じない美しい形しか現れぬ。」

 

「退っ引きならぬ人間の相」とはあたりまえのことながら退っ引きならぬ生き方をした人間からしか出てはこない。歴史上の人物だけではない、今生きている誰であれ、退くことも引くこともない「生き方」が問われている。それだけが人間の形=後姿を造り上げるという事なのだと思う。

 

*****

 

「おまえほど人生、整理できてるやついないよね」

 

これはさほど古い話ではない。勤めていた会社を辞めたあとも親しくしてもらった、会社で世話になった先輩から言われた言葉である。彼の言葉を聞いた時、「あ、そうかもしれない」とは思ったが、実際彼の言った「整理」が私の受け止めた「整理」と同じ意味かどうか、具体的に何を指して言ったのかここで正しく説明する自信はない。また、私が考える「整理」の内容についても煩雑になるのでここでは書かない。

 

ただ、よく不始末をしでかした人間に向かって言う「自分のケツは自分で拭けよ」という言葉、私はだいぶ前から人生を終える時、死ぬ時には「自分のケツは自分で拭いて」死のうと思っていて、そんなことは不可能とは知ってるつもりではいるのだが、私の生きざまについても死にざまについても、あとに残された私を知る人々が誰も疑問を抱かない、そういう意味では「整理」された姿で日々を送り、静かに死んでいきたいとは思っている。

 

私の死後、 「あの人、どんな人だったの?」という質問に対し、たとえば、

 

     「人生をとことん整理したやつ」 とか、

     「結局、一生、な~んにもしなかったやつ」でもいい。

 

そんな短いひとことで誰もが「うん、まさしくそういうやつだった」と納得し疑問を抱かない、そんな姿で死にたい。

 

光陰矢の如し、人生という時間はあっという間だといわれる。「あっという間」という言葉は時間の短さの比喩ではない。死ぬ間際、人は自分の全人生を思い出すといわれる。「あっ」というわずか1秒に足るか足らぬかの瞬間に誕生から死までの時間をもう一度生きるのだ。こういう言い方が許されるなら「人生とはその程度のもの」と言ってもいいかもしれない。そして、その瞬間を充実させ意義あるものにできる者は幸せだ。

 

そしてその時が来たら、静かにわらってサヨナラといえるように祈ろう。

 

 

 

 

 

にほんブログ村 その他日記ブログへ

 

ここ数年、折にふれ一眼レフをいじってたので写真を撮りに行きたいと思った。それが旅に出たきっかけで特に歴史趣味があるわけではない。折にふれ歴史小説を読むことはあったが日本の歴史に深い知識があるわけではなく、古代史への憧憬のようなものも少しは持っていても、遺跡から出る土器とか埴輪とかそんなものに心躍らせる子供の頃の好奇心とそう変わるところもない。まして神社仏閣の縁起とか宗旨とか無宗教な私には無縁な世界で、結局は遺跡や千年、千五百年という時の流れに耐えてきた仏像や寺院建築から「歴史」というその時間の流れを少しでも感じることができればそれで満足できるものではあった。

 

ところが、、、である。私のそういう単純極まりない期待もけっこう裏切られることが多かったのも事実で、たとえばレプリカ。中宮寺の菩薩半跏像は他所で展示のため不在、代わりに置かれていたのがレプリカでご丁寧に二体もあった。いつどのようにして造られたかは尋ねなかった。唐招提寺の鑑真和上像も不在でレプリカ。こちらは本物の和上像と同じ脱活乾漆という古い技法で造像されている。が、レプリカであることに変わりなく、それでもお経をあげて開眼法要をすればお参りする価値のあるもの、魂の入った仏様という理屈にはなるのだろう。しかし、そこには私が感じたいと思う「歴史」はない。本物と寸分たがわぬ精巧な複製品、それを作るなら今は3Dプリンターがある。3Dプリンターでどんどん造ればいいと思うが、そうやって造ったものを私たちは拝む気になれるだろうか?

 

私には仏様を拝むという習慣はない。古い歴史を持ったお寺などにたまに行く機会があれば、たしかに手を合わせるくらいのことはする。手を合わせるその短い時間というのは目の前の仏像が阿弥陀如来か薬師如来か、はたまたお地蔵さんか観音さんかそんなことは関係なく、ましてご利益など思ったことすらない。ただほんの一瞬、我に返って自分をみつめるというか、そんな自分に対する祈りに似た時間であるように思う。そしてそういう祈りのような時間をもたらすもの、そういう気持ちにさせるものこそが、「歴史」という時間の重みなのではないか。私はそう思う。3Dプリンターで造ったって千年後だったら拝む気になるだろう。「歴史」という悠久な時の流れに耐えて残ってゆくものの、見る者にうむをいわせぬ力、凄味のようなものがそこにあるように思う。

 

*****

 

もうひとつは公園化された遺跡。史跡として何か残す、あるいは保存する、それはそれで学術的にも文化的にも重要なことなのだろう。歴史的な建造物を復元するとか保存するとか、こうした活動を人はいつの時代から始めたのか知らないが、保存には保存の方法があり、保存の歴史があるだろうと思う。それがどんなものか知らないが、少なくとも公園にしてしまうことではないだろう。たとえば平城京趾。大極殿など再現する意味がよく分からない。もしかしたら、これは教育目的なんだろうか?

「8世紀、奈良時代にはここに都があり、天皇の住まいは大極殿といい、こんな建物に住んでいました」歴史教育というのはそんな細かい知識をひとつひとつ詰め込むことなのか?

歴史教育とは文字通り歴史とは何かを教えることではないのか?

歴史は遺跡として表れている。遺跡に厚化粧させて遺跡ではない何か別のもの造り上げるのは遺跡の破壊ではないのか?そんな気がしてならない。

 

工事現場などで地中を掘削していると古代の住居跡や土器などが発見されることがあって、そうすると工事を中断して遺跡調査が行われる。調査が終わるまで工事は進めることができないが、終わってしまえば工事は再開、遺跡は埋められてしまう。どのような法律が根拠になって調査が行われるのか知らないが、その土地が民間のものであれば本来の所有者に返すのは当然の事だし、遺跡が埋められ工事が再開するのも健全なことだろう。残るのは発掘された埋蔵物とそれが何でありどのように処理されたか、その記録だけである。私はそれでいいと思うし、遺跡は埋められていいと思う。

 

掘り出された遺跡が人々に見てもらうだけの価値があるものだとしたら掘り出されたそのままの形で見せてもらいたい。それが歴史を感じ、歴史を知る最良の方法だと思う。遺跡の上にかって存在したもの、その再現が重要だというなら、想像図をパンフレットに載せればいいし、CGでネット上に公開もできる、遺跡発掘のその場所でやるなら、これからはせめてVRにできないか。平城京趾には資料館もできている。そういう場所で貸し出せばいい。

 

「歴史」とは何か?

 

私たちは日本人なら日本人という民族の長い歴史によって培われた文化、伝統あるいは精神的遺伝子とでもいうべきものの影響をいやおうなく受けながら生きている。世界中の人々がそれぞれの属する社会の遺伝子を身にまとって生きており、もちろんそこには人類にすべて共通する遺伝子もあるだろう。世界には多様な精神的遺伝子があり、それらが互いに影響を与えながら良い事も悪い事もないまぜにして現代という時代を表現している。だから我々は歴史を見失ってはいけないし、自分たち民族の歴史とも世界の歴史とも向き合う時間は必要だと思う。あるがままの姿でそれと向き合うことが大切なのだ。

 

*****

 

「歴史」は過去だけではない、未来にもある。やがて我々の時代も遠い過去になってゆく。

 

千年後を想像してみるといい。

「平城京趾」という名の「厚化粧した遺跡」が遺跡としてそこに現れることになる。

その時に「平城京」の何たるかが記録に残ってればまだいいが、デジタル化されたデータなど次から次へと簡単に捨てられてゆく。簡単に残せるものは、また同じように簡単に捨てられてゆくのだ。千年もたてば途中で核戦争だってあるだろう、そうなれば国会議事堂もスカイツリーも遺跡になってる。高松塚古墳だってキトラ古墳だっていずれ「公園にされた墳墓」という遺跡になる。

 

未来に向かって遺すべきは、一体何なのか?

50年、100年ではない、千年も万年も先まで歴史は続いてゆく。

そのことが真剣に議論されたことはあるのだろうか?

 

今の私にはそういう疑問しかない。

というのが、正直なところ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 その他日記ブログへ

 

 

京都  鹿苑寺(金閣)    3月17日撮影

 

 

東京へ戻る途中、京都で途中下車。金閣は一度も行ったことがないので、ちょっと足を運んだ。

 

金閣は戦後一度焼失し、昭和30年に再建された。焼失前の建物の正確な図面が残っていたそうで、ほぼ忠実に再現されたらしい。ただ、再建されたものだけに国宝でも重要文化財でもない。ならば建物の中まで見せてもよさそうだが、そうはなっていない。たいそうな量の金箔を守るため??

 

高価なレプリカを遠巻きに眺めて、写真を撮るだけ。

 

お寺と京都の貴重な財源、ただの観光資源。

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 写真ブログへ